「柚香ちゃんは順応するのが速いな」
「奏汰さんはもっと時間がかかったんですか?」

 柚香の問いかけに、奏汰ではなく獅狛が答える。

「腰を抜かした挙げ句、たっぷり十分は絶叫していましたね」

 白い犬にクスリと笑われ、奏汰は頬を染めた。

「し、仕方ないだろ。それまで神なんて信じちゃいなかったんだから」
「えっ、神主さまの家に生まれたのに!?」

 信じられないと言いたげな柚香の言葉を聞いて、奏汰はますます顔を赤くする。

「うっせーな。車がなけりゃ行けないんだろ。あんまり言うと運転してやらねーからな」

 奏汰がふて腐れた口調になり、柚香はおかしいのをこらえて言う。

「ごめんなさーい。拗ねないで!」
「拗ねてないっての」

 そう言いつつ口を尖らせる奏汰がおかしくて、柚香はクスクス笑った。奏汰はついにそっぽを向く。

「柚香ちゃん、笑いすぎ!」

 奏汰に不機嫌そうに言われても、柚香は笑うのをやめられなかった。三人でいるととても楽しいのだ。

「柚香ちゃん~」
「すみませ~ん」

 柚香はひとしきり笑って目尻にたまった涙を拭い、獅狛を見た。

「獅狛さん、今から出発できますか?」

 目を細めて笑みを浮かべていた彼が真顔になる。

「柚香さんさえよければ」
「大丈夫です」
「わかりました。では、今から出発しましょう」

 白い犬の茶色の目がキラリと金色に光った。

「おいおい、俺の都合は訊いてくれないのかよ」

 奏汰が頬を膨らませたままチラリと視線を投げ、柚香は顔の前で両手を合わせてお願いのポーズをする。

「奏汰さん、今から出発したいです。運転お願いします!」
「仕方ないなぁ。女の子の頼みは断れないし」

 奏汰は小さくため息をついて、獅狛に顔を向けた。

「それで、獅狛さんはそっちの格好で行くの?」
「はい。こちらの姿の方が嗅覚が優れていますから」

 獅狛がひらりと跳んで部屋を飛び出た。弧を描くその姿は、神々しく美しい。

「あ、待ってください」

 柚香は白く凛々しい後ろ姿を追った。犬と人の姿のどちらが本当の獅狛なのだろうかと考えながら。