柚香はうまく言葉がしゃべれず、口をパクパクと動かした。

「やはり驚かれましたね。まだ正体を明かすのは早いと思ったのですが……」

 犬の口から獅狛の声が聞こえてきて、柚香はまじまじと犬の顔を見る。

「ホントに……獅狛さん?」
「はい」

 柚香は救いを求めるように奏汰を見た。彼はゆっくりと口を開く。

「獅狛さんは狗守神社の犬神さまなんだ」
「狗守神社の犬神さま……?」
「ああ。俺の親父は狗守神社の神主だろ。それもあって、俺は獅狛さんに面倒を見てもらってる……というか仕えてるんだ」
「アキコさんに会った今なら、信じてもらえるかと思ったのですが……」

 獅狛の声に寂しげな響きが交じった。柚香は膝立ちになって両手を伸ばし、そっと獅狛の頬に触れる。柔らかな白い毛は、まさに犬の毛そのものだった。

 自分の好きな人が人間ではなかったなんて。それも犬神さまだったなんて。

 柚香はへたへたと腰を下ろした。

「犬神であるがゆえに、私に呼びかける柚香さんの苦しそうな声が聞こえたのです。飯塚さんの匂いのする湯飲みを探すのに集中していたので、柚香さんが出ていく音を聞き逃したのは不覚でしたが」
「あ!」

 獅狛の言葉を聞いて、柚香は飯塚のことを思い出した。

「飯塚さんの匂いって!?」
「飯塚さんが使った湯飲みから彼の匂いを拾って、それを手がかりに彼の家までたどろうと思ったのです」
「それで、獅狛さんはあんなに熱心に湯飲みを見てたんですね……」

 獅狛は湯飲みがきれいか確認していたのではなかったのだ。

「どうしてそう言ってくれなかったんですか?」
「あのときお話ししても、まだ柚香さんには信じてもらえないかと思いましたので」
「でも、不思議な体験をたくさんしたから、話してくれたら信じたかもしれません」
「そうですね。そうすれば柚香さんも無茶をしなかったでしょうし……申し訳ない」

 白い犬が悲しそうに頭を垂れたので、柚香は急いで話題を変える。

「そ、それより飯塚さんの匂いはわかったんですか?」
「わかりました」
「じゃあ、匂いをたどれるんですよね?」
「はい」
「だったら、今すぐ行きましょう!」

 柚香はすっくと立ち上がった。

「体調はどうですか?」

 獅狛に問われて、柚香は自分の体のあちこちを触った。どこも痛くなければ、気分も悪くない。

「大丈夫です!」

 奏汰がクスリと笑って言葉を挟む。