「滝井さんの名刺、必ずお渡ししますね! ありがとうございました」

 柚香は戸口に立って、車に乗り込む滝井を見送った。格子戸を閉め、期待を込めて獅狛を見る。

「獅狛さん、飯塚さんの住所ってどうやって調べるんですか? 飯塚さんの田んぼを探すんですか?」
「いいえ」

 獅狛は食器棚の前に戻り、湯飲みをひとつ手に取った。そうしてそれをじっくりと見る。きれいに洗えているか確認しているのだろうか。

 柚香はカウンターに近づきながら話しかける。

「じゃあ、この辺りに詳しそうなお客さまに訊くんですか?」
「いいえ」
「お客さまじゃないなら奏汰さんのお父さんに訊くんですか? 神主さんだったら檀家さんがいるから、知り合いも多そうですもんね。って、あれ、檀家さんは神社じゃなくてお寺の方でしたね」

 あれこれ考えている柚香の前で、獅狛は別の湯飲みを取って眺めている。いったいなにをしているのか。柚香は焦れったくなってきた。

「獅狛さんがお忙しいなら、方法を教えてくだされば私が調べてきますけど」
「柚香さんには調べられません」

 獅狛が湯飲みを見つめたままそっけなく言った。まだ午前中の出来事が気に触っているのか、獅狛は柚香と目を合わせようとしない。いつまでもそんな態度を取られ、さすがの柚香もイラッとした。

「だったらいいですっ」

 柚香は大股で歩いて格子戸に手をかけた。

「柚香さん、どこに行くんですか」

 獅狛の厳しい声が飛んできて、柚香は振り返ってキッと彼を見る。

「調べに行くんですっ」
「柚香さんには調べられないと言ったでしょう。ひとりで出かけてはいけません。大人しく待っていてください」
「じゃあ、どうやって調べるのかだけでも教えてください」

 柚香のまっすぐな視線を受けて、獅狛はふいっと顔を背けた。

「……教えられません」
「どうしてそんな意地悪な言い方をするんですか?」
「知らなくていいことだからです」

 頑なに言われて、柚香はギュッと下唇を噛んだ。柚香の自意識過剰な勘違いが、これほど獅狛の態度を急変させてしまったなんて。

(このまま獅狛さんに任せていたら、いったいいつ飯塚さんの住所がわかるか……)

 柚香は思考を巡らせたあと、なんでもないふうを装って言う。

「わかりました。獅狛さんにお任せします」
「わかっていただけましたか?」