「ああ。でも、小さな会社だから、営業以外に開発もやってるよ。最初は名刺管理アプリとか社内のコミュニケーション用アプリなんかを作って売り込みに行ってたんだけど……ここ数年はもっと視野を広げてる」
「視野を?」
「そう。去年作った自信作は、センサーで遠隔地を監視して、そのデータをスマホで受け取るってアプリだ。たとえば、センサーで川の水位を監視し、いちはやく水害の危険性を察知したり、害獣に悩まされる農村で害獣対策に利用したり……。そんなふうに実際に採用されて人の役に立っているんだよ」
「それはすごいですね」

 柚香は素直に感心したが、男性は不満そうな口調になる。

「ああ、自信を持っていたよ。だから、この町でも水害対策に使ってもらえないかと思って、はるばる営業に来たんだ。でも……この町には水害の危険性がないって町役場の担当者に一蹴された。過去に災害がなかったのと、治水対策が万全だってことでね。わざわざ足を運んだのに無駄足だったな」
「それは……お疲れさまでしたね」

(遠隔地を監視してスマホでデータを受け取れるなんて……本当にすごく便利なアプリ)

 そう思ったとき、柚香はふと、日曜日にししこまに来た飯塚のことを思い出した。

『田んぼに張った水が干上がってないか、気温はどうか、台風で稲が倒れてないか、いなごにやられていないか……。それ以外にもいろいろ心配で、ちょくちょく田んぼの様子を見に来なければいけません』

 遠隔地を監視するという仕組みを利用して、飯塚の悩みを解消させることはできないだろうか。

 柚香が黙って考え込んでいるので、滝井は首を傾げて柚香の顔を覗き込んだ。

「俺の話、退屈だったかな?」

 柚香は慌てて首を左右に振る。

「いいえ、とんでもない!」

 柚香は滝井の顔を見た。人の役に立つアプリを開発している彼なら、飯塚のような人のために一肌脱いではくれないだろうか……?

「あのっ、水位の監視ができるってことは、水田の水位も監視できたりしませんか!?」

 柚香が急に大きな声を出したので、滝井は瞬きをして柚香を見た。そうして少し考えて答える。

「川と水田じゃ監視する対象の規模が異なるから、今のままでは無理だな。でも、改良すれば可能だと思う。だけど、どうして? キミ、農業やってるの?」
「いいえ、私ではありません。実は先日、ここに田んぼを持っているって男性が、田んぼの様子を見るために車で一時間半かけて来てるって話をしてて……」

 柚香は飯塚の話を簡単に滝井に説明した。聞き終えて、滝井はポンと手を打つ。

「なるほど! それならうちのアプリが役立つ可能性はおおいにあるな。センサーを工夫すれば、田んぼの水位だって計測できるし、水路に装置を設置して、遠隔操作で門を開閉して水を流し入れることもできる。もちろん、映像を送ることも可能だから、台風の被害があったかどうかも動画で確認できる」