(やだ。私ってば恥ずかしい。獅狛さんが、私と奏汰さんがふたりきりになることにヤキモチを焼いたなんて勘違いして……自意識過剰もいいとこじゃない)

 柚香は早口で答える。

「わかりました。今日は出かけなくていいです」

 恥ずかしくてたまらず、柚香はふたりの前から逃げ出そうと暖簾をくぐった。

「柚香ちゃん?」

 奏汰の声がして、柚香は振り返らずに答える。

「二階で少し休憩します。ドライブから戻ってきたら声をかけてください。ソースを添えてブランマンジェをお出ししますから」

 柚香は階段を駆け上がって部屋に飛び込んだ。



 その日、午前中に来客はなかった。十二時になってカウンター席で獅狛と並び、柚香は彼が打ってくれた温かいそばを食べた。

 午前中の勘違い発言のせいか、獅狛との間に気まずい空気が漂っている気がして、柚香はことさら明るい声で話しかける。

「獅狛さん、そば打ちもできるんですね。びっくりしました」
「趣味の延長です」
「とてもおいしいです。獅狛さんはそば屋さんにもなれるかもしれませんね」
「お客さまにそばをお出しするつもりはありません」

 冗談のつもりで言った言葉に真面目に返され、柚香は肩を落とした。

 そのまま黙々と食べ、柚香は箸を置いた。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「お口に合ってよかったです」

 獅狛もちょうど食べ終えたので、柚香は「片づけますね」と立ち上がった。獅狛のどんぶりも一緒に運ぼうと右手を伸ばしたとき、獅狛の左手と軽くぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

 柚香はドキッとして手を引っ込めたが、獅狛は淡々とした口調で言う。

「私が片づけますから、柚香さんは手出し無用です」

 獅狛はふたり分の食器をお盆にのせてシンクに運んだ。

「でも、いつも食事を作ってもらっているので、片づけは私が……」

 柚香は立ち上がって彼を追いかけようとしたが、獅狛に肩越しに鋭い目で牽制された。

「結構です」

 その口調と表情が柚香を拒絶していて、胸がズキンと痛んだ。その痛みに、自分が獅狛を特別な存在に感じているのだと思い知らされて、余計につらくなる。

「私、前庭の掃除をしてきますね……」

 柚香はとぼとぼと格子戸に向かった。外に出て物置からほうきとちりとりを出す。今朝も獅狛が掃き掃除をしているので柚香がする必要はないのだが、獅狛とふたりきりで店内に居づらかった。

(アキコさんと出会った日の獅狛さんは……とても優しかったのに。私をかばって、あんなにギュウッと抱きしめてくれたのに……)