「蒸善さんも柚香ちゃんのスイーツ食べる? すごくうまいよ」

 奏汰が話しかけ、蒸善は草履に足を入れて残念そうに微笑んだ。

「そうしたいところだが、ほかに行かねばならないところがあってな」

 蒸善は奏汰から柚香へと視線を動かし、会釈をする。

「それでは、今日はこれにて失礼」
「蒸善さん、ありがとうございました」

 柚香はお辞儀を返した。

「なんの。獅狛が入れ込んでいる女性にも会えたしね」

 蒸善の言葉を聞いて、柚香の心臓がドキンと鳴った。

(入れ込んでいる女性って……もしかして私のこと?)

 獅狛が咳払いをして鋭い口調で蒸善を促す。

「蒸善さん、お急ぎなんでしょう」
「おっと、余計なことを言ってしもうた。獅狛が怒っておる」

 蒸善はゆったりと笑い声を上げた。柚香にしてみれば、獅狛の表情は普段とあまり変らないのだが……よくよく見ると、彼の眉間に小さくしわが寄っていることに気づいた。

「これ以上怒らせて噛みつかれてはかなわんからの。さっさとおいとまするよ」

 蒸善は軽く右手を挙げ、足音を立てずに静かにししこまを出て行った。

 奏汰がニヤニヤ笑いながら獅狛を見る。

「獅狛さんも蒸善のじいさんにはかなわないんだよね」

 獅狛は横目で奏汰を見た。

「奏汰さんも余計なことは言わないよう口を慎んでください」
「わかってるって。それは何回も聞いた」

 奏汰は口にチャックをする仕草をした。柚香だけが会話には入れず寂しさを覚えたとき、獅狛が柚香を見る。

「今日はゴマを使ったお菓子ですか?」
「あ、はい。金ゴマを使ってブランマンジェを作るつもりです」
「それは楽しみですね」

 普段通りにっこり微笑まれ、柚香はスイーツ作りの続きに戻る。

 まずはすったゴマを牛乳と一緒に鍋に入れて沸騰直前まで温めた。それを少し冷まして濾し器で濾す。別の鍋に水とグラニュー糖を入れて沸騰させ、ふやかした板ゼラチンを入れて溶かした。それをゴマと牛乳を濾したものに加えて混ぜ合わせてから、氷水に当ててとろみをつけた。そこに、別のボウルで六分立てにした生クリームを加えて混ぜ合わせると、あとは冷やすだけだ。柚香は釉薬のムラが趣のある湯飲みに流し入れて、冷蔵庫に入れた。

「冷えたら食べられるの?」

 奏汰に訊かれて、柚香は小鍋を彼に見せる。

「これからソースを作ります」