「ゴマは使いますけど、ゴマ団子じゃないです」
「じゃあ、ゴマおはぎ?」
「それもおいしそうですけど、違います」

 柚香は奏汰から買い物袋を受け取って、中身をカウンターに広げた。

「えー、なんだろ。教えてよ」

 奏汰はカウンターに右肘をついて顎を支えながら柚香を見る。

「“金ゴマのブランマンジェ”です」

 柚香は金ゴマをフライパンに空けた。サラサラと音がしてゴマの香りがふっと鼻に届く。

「ブランマンジェって……生クリームを使ったスイーツだっけ?」
「そうです」
「前から気になってたんだけどさぁ、ブランマンジェとババロアの違いってなんなの?」

 奏汰に訊かれて、柚香はごまをフライパンで煎りながら説明する。

「ブランマンジェもババロアも似てますけど、ブランマンジェは本来、アーモンドで香りをつけた牛乳に、生クリームや砂糖、洋酒などを加えて加熱して、ゼラチンで固めて作るんです。今日はアーモンドの代わりにゴマで香りをつけるつもりです」
「じゃ、ババロアは?」
「ババロアは牛乳と卵、それに砂糖を使ってアングレーズソースっていうのを作ります。カスタードクリームをもっととろとろにしたようなものです。それを加熱してゼラチンで固めたらババロアになります。見た目がプルンとしていて、ブランマンジェよりも食感がしっかりあって、ミルクの風味が強いのが特徴ですよ」
「ふぅん。じゃあ、ムースは?」

 ゴマの香りが立ってきて、柚香はゴマをフライパンからすり鉢に移した。

「ムースはピューレ状にした材料に、卵白を泡立てたメレンゲや泡立てた生クリームを加えたものです。ゼラチンを使わないので、口当たりが泡みたいにふんわりしていて滑らかです」
「なるほど。ちゃんと違いがあるんだね」

 奏汰が感心したように言った。柚香はゴマをすり鉢ですり始める。

「そうですね。でも、ババロアでメレンゲを使ったり、ムースでゼラチンを使ったりすることもあるので、違いについては本場フランスでも議論になることがあるそうですよ」
「へぇ。でも、まぁ、物事ってのはなんだって曖昧になりうるよな」

 奏汰がつぶやいたとき、暖簾をくぐって獅狛が姿を現した。今日の彼は襟に波紋が刺繍されている濃紺の作務衣姿だ。彼の陶器のような肌に濃紺が映えていて、今日もいつも通り美しい。

「おお、これはゴマのいい香りだ」

 獅狛に続いて、蒸善が暖簾をくぐって出てきた。