「はい。彼女はししこまのことを知り、思い出のケーキをもう一度食べたいと願われました。柚香さんのおかげで、記憶の中の愛しい人に再び会って、あちらの世界に旅立つことができたのです」
「あちらの世界……」
柚香はつぶやくように言った。
「あの世とも、隠り世とも呼ばれたりしていますね」
「天国ですか?」
「そうとも呼ばれています」
柚香はほうっと息を吐いた。
「信じられませんか?」
そう問う獅狛の声が少し寂しげで、柚香は反射的に首を左右に振った。
「いえ……なんというか……今までの世界観がひっくり返ったような感じで……」
「びっくりされましたね」
「はい……」
獅狛は柚香の肩を軽く撫でて手を放した。
「あ、そうだ、アルバム……」
柚香がテーブルを見たら、そこにはアルバムはなく、代わりに一枚の写真があった。取り上げて見ると、年老いたアキコとオースティンがカフェで向かい合ってケーキを食べている。
「あ!」
柚香はふたりの間にヴィクトリアサンドイッチケーキののった皿がふたつと、湯飲みがふたつ置かれているのに気づいた。ふたりとも幸せそうな笑顔である。
「獅狛さん!」
柚香は振り返って獅狛を見た。獅狛は目を細めて写真を見る。
「今頃、おふたりで食べてくださっているんでしょうね」
「きっとそうですよね」
柚香は胸がいっぱいになり、写真のふたりにそっと指先で触れた。その瞬間、写真が白っぽくなったかと思うと、広がって霧のようにすうっと消えた。
「あっ、写真が」
「それはこの世には存在しないものですから」
獅狛の言葉を聞いて、柚香はなんとなく納得した。
「そうですよね……」
「柚香さん、どうぞおかけください。今お茶を淹れますね」
獅狛に促されて、柚香はカウンター席に座った。
彼が急須から注いだお茶を柚香の前に置いた。その白い湯飲みを取り上げると、ダージリンならではの気品ある高い香りがして、口に含むとかすかな渋みがあった。
「獅狛さん、ケーキも食べませんか?」
柚香の言葉を聞いて、獅狛はにっこりと微笑む。
「そうですね。本日のお客さまはアキコさんで最後でしょうから」
獅狛がケーキを皿にのせ、柚香の隣の席に座った。
「いただきます」
柚香はフォークを取り上げ、ヴィクトリアサンドイッチケーキを口に入れる。
(きっと先に亡くなっていたオースティンさんがアキコさんを迎えに来たんだ)
そんな想像をしながら、素朴で優しい甘さのケーキをゆっくりと味わった。
「あちらの世界……」
柚香はつぶやくように言った。
「あの世とも、隠り世とも呼ばれたりしていますね」
「天国ですか?」
「そうとも呼ばれています」
柚香はほうっと息を吐いた。
「信じられませんか?」
そう問う獅狛の声が少し寂しげで、柚香は反射的に首を左右に振った。
「いえ……なんというか……今までの世界観がひっくり返ったような感じで……」
「びっくりされましたね」
「はい……」
獅狛は柚香の肩を軽く撫でて手を放した。
「あ、そうだ、アルバム……」
柚香がテーブルを見たら、そこにはアルバムはなく、代わりに一枚の写真があった。取り上げて見ると、年老いたアキコとオースティンがカフェで向かい合ってケーキを食べている。
「あ!」
柚香はふたりの間にヴィクトリアサンドイッチケーキののった皿がふたつと、湯飲みがふたつ置かれているのに気づいた。ふたりとも幸せそうな笑顔である。
「獅狛さん!」
柚香は振り返って獅狛を見た。獅狛は目を細めて写真を見る。
「今頃、おふたりで食べてくださっているんでしょうね」
「きっとそうですよね」
柚香は胸がいっぱいになり、写真のふたりにそっと指先で触れた。その瞬間、写真が白っぽくなったかと思うと、広がって霧のようにすうっと消えた。
「あっ、写真が」
「それはこの世には存在しないものですから」
獅狛の言葉を聞いて、柚香はなんとなく納得した。
「そうですよね……」
「柚香さん、どうぞおかけください。今お茶を淹れますね」
獅狛に促されて、柚香はカウンター席に座った。
彼が急須から注いだお茶を柚香の前に置いた。その白い湯飲みを取り上げると、ダージリンならではの気品ある高い香りがして、口に含むとかすかな渋みがあった。
「獅狛さん、ケーキも食べませんか?」
柚香の言葉を聞いて、獅狛はにっこりと微笑む。
「そうですね。本日のお客さまはアキコさんで最後でしょうから」
獅狛がケーキを皿にのせ、柚香の隣の席に座った。
「いただきます」
柚香はフォークを取り上げ、ヴィクトリアサンドイッチケーキを口に入れる。
(きっと先に亡くなっていたオースティンさんがアキコさんを迎えに来たんだ)
そんな想像をしながら、素朴で優しい甘さのケーキをゆっくりと味わった。