「ええぇっ……?」

 柚香はごしごしと目をこすった。けれど、目の前の光景は変らない。

 そこは……二十世紀前半を舞台にした古い映画に出てきそうな西欧のカフェだった。簡素な四角い木のテーブルがいくつも置かれていて、同様に質素な椅子に、何人もの客が座っていた。肌は白く、髪は金色や赤みがかった茶色、ダークブラウンなどさまざまだ。

「嘘……」

 装いもレトロという言葉がぴったりで、男性はスーツに帽子、シャツとサスペンダーのついたズボン、女性はシンプルなワンピースやシャツドレスといった格好だ。飛び交っているのは聞き慣れない言葉で、よくよく耳を澄ましたら英語だとわかった。

 開いた窓からは石畳の道が見え、社会科の資料集で見たことのある、クラシックカーと呼ばれるような古い型の自動車が行き交っている。

(なに、これ。どういうこと? ここはどこなの?)

 柚香はなにがなんだかわからず、獅狛を見上げた。彼は心配ない、というように、一度頷いて柚香を抱き寄せた。

 カフェにいる人たちは、柚香と獅狛が見えていないのか、見慣れない外国人ふたりを気に留めることなく談笑している。

「Hi, Akiko-san!」

 そのとき、ひときわはっきりとした男性の声が聞こえてきて、柚香はそちらに目を向けた。すると、カフェの前で男性が片手を振っている。二十代前半くらいで、豊かな金髪と彫りの深い顔立ちをしていて、白いシャツと縦縞のスーツを着ている。どこかで見たような、と思ったとき、彼に三人の女性が近づいた。ふたりは外国人――おそらくイギリス人――で金色の髪をしているが、ひとりはほかのふたりよりも幼く見え、黒髪をお下げにしていて、色白で小柄だ。日本人のようだ。彼女がアキコだろう。

「Hello, Austin. I’m sorry I kept you waiting.」

 アキコがたどたどしい英語で言った。ふたりの金髪の女性はアキコと別れて、そのまま通りを戻っていった。アキコをカフェまで案内してきたようだ。

 オースティンとアキコはカフェに入り、オースティンが椅子を引いてアキコを座らせた。アキコは終始恥ずかしそうにはにかみ、オースティンもつねにアキコを気遣って紳士的に振る舞っているが、ふたりの間にはとても温かな空気が流れている。

 オースティンが注文をして、しばらくしてふたりの前に紅茶とケーキの皿が運ばれてきた。白い皿にのっているのは、さっき柚香が作ったのと同じ、ヴィクトリアサンドイッチケーキだ。

 オースティンはそれを「ヴィクトリアスポンジ」だと説明し、ティーポットからアキコのカップに紅茶を注いだ。アキコはケーキを一口食べて、目を丸くする。きっと食べたのは初めてだったのだろう。花のように愛らしい笑顔になった。

 なんて幸せそうな恋人同士なのだろう。