「はい、べにふうき茶と言います」
「べにふうき茶?」

 聞き慣れない名称に、柚香は首を傾げた。

「日本の茶葉にダージリン系の茶葉を交配して作られた茶樹の葉です」
「ダージリン? つまり、紅茶ってことですか!?」

 ついつい柚香は声が高くなった。

「もともとは紅茶用の品種として開発されたそうですが、生の葉を蒸して酸化酵素の働きを止めると緑茶に加工できますし、蒸さずに酵素を働かせて発酵させると紅茶になります」
「ということは、これは紅茶なんですね?」

 紅茶は出さないと言っておきながら、こんなお茶があったとは! それならもっと早く教えてほしかった、と柚香は不満顔で獅狛を見た。獅狛は渋い表情になって答える。

「……日本紅茶です」

 柚香は小さく噴き出した。

 どうしてこんなにも日本茶にこだわるのだろうか。確かに柚香にもスイーツ作りにこだわりはあるが、少し顔をしかめている獅狛の表情に、自然と笑みを誘われる。

「ティーカップやティーポットを買ったりはしないんでしょうね」

 柚香の声が笑みを含んでいて、獅狛は小さく咳払いをした。

「時代に求められれば、そうします」

 獅狛は湯飲みとケーキの皿を塗り盆にのせた。

「お出ししますね」

 柚香は盆を取り上げてカウンターを回り、女性のテーブルに運ぶ。

「大変お待たせしました」
「いいえ、こちらこそ無理を言いました」

 女性がアルバムを開いたまま端に避けたので、柚香は女性の前にケーキとお茶を置いた。

「ごゆっくりどうぞ」

 女性はケーキを見て目を細めた。

「ありがとう。おいしそうね。さっそくいただきます」

 柚香はカウンターまで戻って、横目で様子をうかがった。女性はケーキを一口サイズに切って、フォークで口に運ぶ。

(思い出の味と同じような味にできたかな)

 柚香はドキドキしながら見守った。女性は目を閉じて味わうようにゆっくり口を動かしていたが、突然、「うっ」と声を上げて口元を押さえた。

「えっ」

 柚香は驚いてお盆を放り出し、女性のもとに駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか?」

 そんなはずはないと思うのだが、まさか異物でも混入していたのだろうか。柚香が慌てて女性の背中をさすろうとしたとき、女性が目を開けた。その目尻には今にもこぼれんばかりに涙が盛り上がっている。

「ごめんなさいね」

 女性はバッグからハンカチを出してそっと目尻を拭った。