(こんな時間に狗守神社にお参りした人がいたんだ……。それともただお茶を飲みに来ただけなのかな)
遅い時間だとは思ったが、獅狛からは『お客さまがいついらっしゃっても、お茶をお出ししたい』と言われている。それを条件に住み込みで働かせてもらっているのだから、柚香も客を迎えなければいけない。
柚香も食事を中断して、獅狛に続いた。廊下を歩いて暖簾をくぐり、獅狛の肩越しに店内を見る。すると、八十歳くらいの小柄な女性が格子戸を開けたところだった。白いブラウスと黒いスカート、ツイードのジャケットを着ていて、肩まであるストレートのグレイヘアが上品な印象だ。
(ずいぶん高齢なようだけど……おひとりで来られたのかな?)
柚香は心配になったが、獅狛はカウンターを回って女性を迎えた。
「ようお越しくださいました」
「あ、はい。あの……」
女性は店内をゆっくりと見回した。日中に来た飯塚や大学生たちとは違い、店内にそびる楠を見ても、なにも言わなかった。ただその目はどこかうつろで、顔も土気色だ。
「お好きなお席へどうぞ」
獅狛に声をかけられ、女性はハッとしたように頬を染め、ゆっくり歩いて楠のそばのテーブル席に腰を下ろした。
「あの……実はここでスイーツが食べられるようになったと噂で聞きまして……こんな時間に申し訳ないとは思ったんですけど、どうしても食べてみたくなって」
女性はそう言ったが、今日のスイーツはもう売り切れている。しかし、せっかく来てくれたのだから、急いでなにか作ろう。
そう思う柚香の前で、獅狛が女性に言う。
「ししこまはいつでもお客さまを歓迎いたします。ただ、お菓子はすべて売り切れてしまいまして、少々お待ちいただくことになるかと思います」
「待つのは構いません。こんな時間に無理を聞いていただくんですから」
女性が答え、獅狛は柚香を振り返って見た。
「柚香さん、お客さまにリクエストをお伺いしても構いませんか?」
「もちろんです。お待たせすることになるんですから、お客さまの好きなものをお作りします」
「本当? 嬉しいわ」
女性は口元にかすかに笑みを浮かべた。その笑みは今にも消えそうなくらいはかなくて、なぜだか切なく見える。
「たいていの材料は揃っていますので、まずはリクエストをお聞かせください」
柚香の言葉を聞いて、女性はうつろな目を柚香に向けた。
遅い時間だとは思ったが、獅狛からは『お客さまがいついらっしゃっても、お茶をお出ししたい』と言われている。それを条件に住み込みで働かせてもらっているのだから、柚香も客を迎えなければいけない。
柚香も食事を中断して、獅狛に続いた。廊下を歩いて暖簾をくぐり、獅狛の肩越しに店内を見る。すると、八十歳くらいの小柄な女性が格子戸を開けたところだった。白いブラウスと黒いスカート、ツイードのジャケットを着ていて、肩まであるストレートのグレイヘアが上品な印象だ。
(ずいぶん高齢なようだけど……おひとりで来られたのかな?)
柚香は心配になったが、獅狛はカウンターを回って女性を迎えた。
「ようお越しくださいました」
「あ、はい。あの……」
女性は店内をゆっくりと見回した。日中に来た飯塚や大学生たちとは違い、店内にそびる楠を見ても、なにも言わなかった。ただその目はどこかうつろで、顔も土気色だ。
「お好きなお席へどうぞ」
獅狛に声をかけられ、女性はハッとしたように頬を染め、ゆっくり歩いて楠のそばのテーブル席に腰を下ろした。
「あの……実はここでスイーツが食べられるようになったと噂で聞きまして……こんな時間に申し訳ないとは思ったんですけど、どうしても食べてみたくなって」
女性はそう言ったが、今日のスイーツはもう売り切れている。しかし、せっかく来てくれたのだから、急いでなにか作ろう。
そう思う柚香の前で、獅狛が女性に言う。
「ししこまはいつでもお客さまを歓迎いたします。ただ、お菓子はすべて売り切れてしまいまして、少々お待ちいただくことになるかと思います」
「待つのは構いません。こんな時間に無理を聞いていただくんですから」
女性が答え、獅狛は柚香を振り返って見た。
「柚香さん、お客さまにリクエストをお伺いしても構いませんか?」
「もちろんです。お待たせすることになるんですから、お客さまの好きなものをお作りします」
「本当? 嬉しいわ」
女性は口元にかすかに笑みを浮かべた。その笑みは今にも消えそうなくらいはかなくて、なぜだか切なく見える。
「たいていの材料は揃っていますので、まずはリクエストをお聞かせください」
柚香の言葉を聞いて、女性はうつろな目を柚香に向けた。