そうやって一悶着あったその日、抹茶ババロア以外に“ほうじ茶のクッキー”も作ったのだが、午後から仁科たち常連客三人のほかに、歴史研究部の大学生が七人来て、完売となった。

 その夜の八時前、柚香は和室で夕食の栗ご飯を食べながら、かねてからの疑問を獅狛にぶつけた。

「ししこまでは紅茶やコーヒーは出さないんですか?」
「出しません」

 獅狛はきっぱりと答えた。柚香は茶碗を持っていた手を下ろして、おずおずと言う。

「でも、紅茶も同じお茶の仲間だと思いますけど……」
「そうですねぇ。ただ、私にもそれなりに付き合いがありまして」

 獅狛はきんぴらゴボウを口に運んだ。彼が食べるのを見ながら、柚香は黙って考え込む。

 以前働いていたパティスリーでも、納入元との“付き合い”があって、原材料が値上がりしたからと言って、簡単に取引先を変えることはできないのだと聞いたことがある。

(こんな小さな町だったら……人間関係はもっと密だろうし……余計にそういう付き合いってありそうだもんね)

 柚香は小さく頷いて顔を上げた。

「わかりました。獅狛さんがスイーツに合わせてお茶を選んでくださるんですから、私もお茶に合うようなスイーツを考えますね」

 獅狛はにこりと微笑んだ。

「そうしていただけるとありがたいです」

 柚香はご飯を噛みながら、頭の中であれこれと思案する。

 お茶との一体感を出すという点では、生地に茶葉を加えるのもありだろう。実際、昨日のパウンドケーキも今日のクッキーも、お茶に合うと好評だった。

(でも……思い切って洋菓子を作って、それに合うお茶を探してみるのもいいかもしれない。案外、濃厚なチーズケーキにはさっぱりしたほうじ茶が合うかもしれないし)

 そんなことを考え出すと、楽しくなってきた。

 パティスリーで新商品を考案するときや、コンテストに出品するときにも、こんなふうに頭を悩ませたものだ。

 懐かしい気持ちになりながら、汁椀に手を伸ばしたとき、獅狛がハッとしたように店の方を見た。そうしてかすかに眉を寄せる。

「どうしました?」

 柚香は首を傾げながら、彼の視線を追った。当然のことながら、柚香から見えるのは和室の壁で、自分たちが食事をする音以外、なにも聞こえない。

 しかし、獅狛は箸を置いて立ち上がった。

「お客さまです」
「えっ」

 柱時計を見たら、午後八時を回っている。