「私は……本当に広翔さんの恋人なんですか?」
「そう言ったろ?」

 答えた広翔の声は、瞳と同じように冷たく響いた。

「だったら、ちゃんと私に好きだって言ってください。広翔さんの気持ちを教えてください」
「かわいい柚香。なんでそんなことを訊くんだ? 俺の気持ちなんて、言わなくてもわかるだろう」

 柚香がまっすぐ見つめ、広翔は彼女から視線を外した。

「……わかりません」

 柚香は震えそうになりながらも、自分の肌に触れる広翔の手首を掴んだ。初めて見る柚香の反抗的な態度に、広翔は顔をしかめる。

「私のこと、好きなんですよね?」
「……何度もかわいいって言ったろ? おまえは俺のものだ」

 広翔の言葉に温もりは感じられなかった。

 彼がこれまでくれた“かわいい”という言葉とキスに、彼に愛されているのだと思っていたが、それはとんだ錯覚だったようだ。

 柚香は大きく息を吸い込んだ。

「違います!」

 思ったよりも大きな声が出て、柚香は自分でも驚いた。広翔も目を見開いたが、すぐに柚香にキスをしようと顔を近づけてくる。

「やめてくださいっ」

 柚香は反射的に彼の胸を思いっきり押した。広翔がよろけてソファから落ち、床に右手をついた。広翔は一転して険しい表情になる。

「おい、大事な右手だぞ! おまえの右手とはわけが違う! 怪我したらどうしてくれるんだっ」

 広翔が左手で右手を掴んで立ち上がった。柚香の中でなにかが音を立てて壊れる。

 柚香は立って彼に向き直った。

「広翔さん、別れてください」
「はっ! おまえから言われるまでもない! スイーツを作る以外になんの取り柄もないおまえに、女としての魅力なんかかけらもないんだよ!」

 甘いイケメンの顔が崩れ、広翔の本性が醜く覗いた。

「モテないおまえをかわいそうに思って付き合ってやってたのに」
「で、でも、広翔さんの恋人は私だけじゃなかったんですよね?」

 柚香の言葉を聞いて、広翔が嘲笑を浮かべる。

「おまえみたいなダサい女に俺が本気になるわけないだろ。キスするのだって苦痛だった。おまえなんかせいぜいアイデアの供給源だ。勘違いするな」
「そんな……」

 柚香は愕然とした。広翔が一歩足を踏み出し、柚香の顔に人差し指を突きつけた。

「俺に盾突くなんて身の程知らずめ。おまえはもう終わりだ。ここでも……ここ以外のどこのパティスリーでも働けなくしてやる」

 広翔の剣幕に気圧されながらも、柚香は口を動かす。

「いくら広翔さんでもそんなことできるわけ……」

 広翔がニヤーッと笑い、柚香は息をのんだ。