「おじさん、そんなに気にすることないよ。なんてったってこの人は神さまなんだから」
「え?」

 柚香と男性が同時に声を上げて奏汰を見た。奏汰はいつもの他意のない笑みを浮かべている。

「奏汰さん」

 獅狛が低い声で呼び、奏汰は「あっ」と背筋を伸ばした。

「比喩だよ、比喩。ほら、神さまみたいって意味。この人、神さまみたいにいい人だから」

 男性は小さく笑みを浮かべた。

「確かにそうですね。お賽銭だけで、お客にお茶とお菓子を振る舞ってくださるんですから。並みの人間にはできませんね。では、お言葉に甘えて、抹茶ババロアと深蒸し茶をお願いします」
「柚香さん、お願いしますね」

 獅狛に声をかけられ、柚香は「はい」と返事をした。手に持ったままだった柚の皮を千切りにすると、ふわっと柚の香りが漂う。その千切りを二本飾って、抹茶ババロアの器をひとつ、男性の前に置いた。獅狛は男性のために新しく深蒸し茶を入れて、ババロアの隣に並べる。

「どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」

 男性はババロアに顔を近づけて目を細めた。

「ホッとしますね。柚の香りがいい。いただきますね」

 男性は黒塗りのスプーンを取り上げて、ババロアに差し入れた。少しすくって口に入れ、深く息を吐き出す。

「疲れにじんわり効く甘さですね。本当においしいです」

 男性は口元をほころばせて、もう一口味わった。椅子に背を預けて頬を緩めるその表情に、本当に疲れていたんだな、と感じる。

 祖父母が健在だった頃だが、この辺りも田舎町のご多分に漏れず、農業の担い手が不足していると聞いた。祖父は銀行員だったため、農地は持っていなかった。だが、近所では跡取りがいないため土地を売りたいが、不便な田舎町ということで買い手がつかず、放置されたまま荒れている田畑もあった。

 この男性は農業従事者としては若い方かもしれないが、それでも広い田んぼをひとりで刈り入れするのは大変だろう。

 そんなことを考えていたら、奏汰に小声で呼びかけられた。

「ねえ、柚香ちゃん」
「なんですか?」
「俺のババロアは?」
「あ」

 催促されて、まだ彼にババロアを出していなかったことを思い出した。

「すみません、少々お待ちくださいね」

 柚香は柚の千切りをのせて、奏汰の前にも抹茶ババロアの器を置いた。

「待ちかねたよ~。さっそくいただきま~す」

 奏汰もスプーンを取り上げて、大きな一口を食べた。

「んー、うまいっ。昨日の柿のパウンドケーキといい、さすがだね」

 奏汰はうなずきながらもパクパクと口に運んだ。一方の男性客はゆっくりと味わうように食べている。半分ほど食べてお茶を一口飲んでから、ふぅっと息を吐いた。

「久しぶりにこんなにゆっくりとお茶を飲んだ気がします」
「お忙しそうですね」

 獅狛に静かに声をかけられ、男性は疲れた笑みを浮かべた。

「本当に忙しいです」

 そうしてため息をついて話し出す。