「いつものと違うんですね」

 柚香のつぶやきを聞いて、獅狛が答える。

「はい。深蒸し茶は茶葉が細かいので、お茶をこす網目の目が粗いと茶葉が出てしまうのです。これは深蒸し茶用に目が細かいものになっています」

 獅狛は茶葉を量って急須に入れた。湯飲みについでいたお湯を急須に注いで蓋をした。そうしてじっと待っているので、奏汰が焦れったそうに言う。

「急須を揺すったら早く茶が出るんじゃないの?」
「そうすると、お茶の中の苦みが出てしまいます」
「ふぅん」

 奏汰は片肘をついて顎を支えながら、獅狛の手元を見た。

「そろそろいいでしょう」

 獅狛は急須を取り上げ、軽く回して湯のみに均等につぎ分けた。廻し注ぎをして最後の一滴まで注ぎ、急須を置く。

「お待たせしましたね」

 獅狛はカウンターに茶托にのせた湯飲みを並べた。

「ありがとうございます」

 柚香はカウンターを回り、奏汰の隣に席をひとつ空けて座った。それを見て、奏汰が不満の声を上げる。

「えー、なんで柚香ちゃん、俺の隣に座らないの?」
「奏汰さんの隣は獅狛さんの方がいいかなと思って」
「俺は女の子の隣の方がいいなぁ」

 奏汰が移動しようと腰を浮かせたが、彼が隣の椅子に移るより早く、獅狛がふたりの間の椅子に腰を下ろした。

「残念でしたね」

 獅狛は涼しい顔でお茶をすすった。奏汰がぶつぶつと言う。

「結局、獅狛さんだって女の子の隣がいいんだよな」
「柚香さんを奏汰さんの魔の手から守っているのです」

 確かに、奏汰は距離を予想以上に詰めてくるので、柚香としては獅狛が間に入ってくれた方が居心地がいい。

 柚香はクスッと笑ってから、湯飲みを取り上げた。深蒸し茶は濃い緑色で、口に含んだら、まろやかなコクとほのかな甘味があった。

「おいしい……」

 リラックスした気分で息を吐き出したとき、奏汰が柚香の顔をひょいと覗き込んだ。

「きゃ」

 びっくりして声を上げる柚香に、奏汰は悪びれた様子もなく言う。

「柚香ちゃん、俺、そろそろババロア食べたいんだけど」
「そうでしたね」

 柚香は湯飲みを置いて立ち上がった。カウンターを回り、厨房の食器棚を開けて、楕円形の瀬戸物の器を見つける。

(あ、これ、かわいい)

 その白い器を三つ並べて、冷蔵庫から出した抹茶ババロアを、大きなスプーンですくって形よく盛った。その上に白玉と少量のつぶあんをのせ、続いて香りづけに柚の皮を切ろうとしたときだ。店の格子戸がカラカラと開く音がした。

 顔を上げたら、グレーの作業着姿の四十代後半くらいの男性がひとり入ってきた。背は獅狛よりも低くがっしりした体つきだが、短めの髪には白髪が交じり、疲れた顔をしている。

「い、いらっしゃいませ」

 柚香は緊張しながら客に声をかけた。獅狛が立ち上がって男性を迎える。

「ようお越しくださいました。お好きなお席へどうぞ」