「奏汰さん、買い物ありがとうございました」
「どういたしまして。ふたつ隣の市にある大型スーパーに行ってきたんだ」
「えっ、そんなに遠くまで行ってくださったんですか?」
「うん。柚香ちゃんのためだからね。それに、朝の八時から営業してるし、なんでも売ってる。ご所望の品は全部揃ったよ」
「朝早くから……ありがとうございます」

 申し訳ない気持ちになる柚香に、奏汰は顔を近づけた。

「柚香ちゃんのためならなんだってするって言ったよ。久しぶりに早起きしたけど、柚香ちゃんのお願いだからぜんぜん苦じゃない」

 獅狛が背後から奏汰のシャツの襟首を掴んで、彼を柚香から引きはがした。

「奏汰さん、顔が近いです。それに、そういう恩着せがましい言い方もやめましょう」

 奏汰はおどけた表情で小さく舌を出した。

「だーって、柚香ちゃんの手作りスイーツを食べたいからね~。で、柚香ちゃん、今日はなにを作ってくれるの?」

 獅狛が静かに言葉を挟む。

「奏汰さんのために作るのではありません。ししこまに来てくださるお客さまのためです」
「俺だってお客さまだよ。ね、柚香ちゃん?」

 そう言って柚香を見る奏汰は、相変わらず邪気のない笑顔をしていた。

 獅狛は諭すような口調で奏汰に言う。

「そういう調子のいい態度を取ってきたせいで、これまでどんなトラブルに巻き込まれたか、奏汰さんはもうお忘れですか?」
「それは……反省してますって。だから、今度は本気で柚香ちゃんと仲良くなりたいなって思ってる」

 奏汰に思わせぶりな視線を向けられ、柚香はドギマギしながら口を動かす。

「あ、あの、買い物のお礼ということで……奏汰さんにおひとつおわけしますね……」
「やったね! さすがは柚香ちゃん。かわいいし、心もきれいだし、やっぱり俺の周りにはいないタイプだ。柚香ちゃんには特別なものを感じるよ」
「奏汰さん、あまり調子に乗らないでください」

 獅狛にぴしゃりと言われ、奏汰はおどけた表情で敬礼をした。

「気をつけまっす」

 彼に懲りた様子はなく、獅狛は小さくため息をついた。獅狛のもとでししこまを手伝っていても、奏汰は彼の父が望むように落ち着くのだろうか疑問である。

 柚香はカウンターを回って獅狛の隣に立った。

「今日は、“抹茶ババロア”を作ろうと思うんです。ババロアは洋菓子だけど、デコレーションを工夫すれば、お茶にも合うんじゃないかなって思って」

 獅狛は気を取り直したように微笑む。

「おいしそうですね。それで、抹茶の粉末が必要だとおっしゃっていたんですね」
「はい。さっそく作りますね」
「今日もよろしくお願いします」