柚香は獅狛から紙とペンを受け取った。明日はなにを作ろうかと思案しながらペンを軽く顎に当てる。

(一日に来るお客さまは十人くらいって言ってたよね……。ってことは、作っていいスイーツは一品くらい? でも、一品しか作らなかったら、それを好きじゃないお客さまが来られたら困るし……。二品くらい作ろうかな……)

 あれこれ考えながら必要な材料を書き出した。

「成尊路さん、明日までにこの買い物をお願いできますか?」

 奏汰はメモを受け取ってざっと目を通した。

「オッケー、了解。朝イチで買ってくるよ。それと、俺のことは奏汰って呼んでよ。『成尊路さん』なんて堅苦しいからさ。ね、柚香ちゃん」

 彼は茶目っ気のある表情でウィンクをした。男性にウィンクされたのなんて初めてで、柚香は引き気味に答える。

「わ、わかりました……」

 獅狛が柚香に話しかける。

「それから柚香さんが乗ってこられたレンタカーも、奏汰さんに返却してきてもらいましょうか」
「あー……でも、まだ、乗るかもしれませんし……」

 そう言って迷う柚香に、獅狛はにっこり微笑みかける。

「必要な買い物は奏汰さんに頼めばいいですし、もし出かける必要が生じても、彼の車に乗せてもらえますから」

 柚香が奏汰を見ると、彼は大きく頷いた。

「柚香ちゃんに頼ってもらえなかったら、俺、親父に勘当されるから」

 奏汰が拝むように両手を顔の前で合わせた。彼を頼るのは彼のためでもあるらしい。

「わかりました……。じゃあ、お手数ですけど……」

 柚香はレンタカー会社の返却先の支店名を奏汰に伝えた。奏汰はそれを記憶するように口の中でぶつぶつと繰り返してから、柚香を見る。

「オッケー、任せて。それでさ、さっきから気になってたんだけど、俺もそのおいしそうなパウンドケーキ、食べてもいい?」

 奏汰に視線を送られ、柚香は獅狛の顔を見た。お客さまにお出しするために焼いたものだが、六時を過ぎたこんな時間からお茶処に来る人は少ないのではないだろうか。

 柚香はそう思ったが、獅狛は気乗りしない、と言いたげな表情だ。

「どうしましょうかねぇ」
「獅狛さ~ん! ケーキの一切れくらいいいじゃんか、ねえ、柚香ちゃん?」

 奏汰が眉を下げた情けない表情になって柚香を見た。それがとても年上の男性のものとは思えなくて、柚香は口元に笑みを浮かべて獅狛を見る。

「獅狛さん、一切れなら構わないんじゃないですか? もし足りなくなりそうだったら、私、また焼きますから」