「へえ、意外だな。冷たいかと思ってたのに、温かいんだな」

 奏汰が柚香の手を持ち上げて物珍しそうに見るので、柚香は戸惑った。

(いったいなんなの? 心が冷たそうに見えるから手も冷たいと思ったとか?)

「パティシエールの手が……珍しいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないよ。ただキミってさ――」
「奏汰さん!」

 獅狛の鋭い声が響き、奏汰はハッとしたように柚香の手を放した。

「おっと」
「あの……いったい……?」

 奏汰は小さく肩をすくめた。

「いや、キミみたいな子は初めてだなっていうか……あ、ほら、俺の周囲にいないから」

 柚香が眉を寄せ、奏汰は取りなすように言う。

「うん、柚香ちゃんって俺の周囲にいないタイプなんだ。だから、気になっちゃっただけ。あんまりあれこれ言うと獅狛さんに怒られるから、さっきのことは忘れてよ」

 奏汰は「あはは」と笑い声を上げた。

 奏汰は由緒ある家柄の出身だし、甘い顔立ちのイケメンだ。だから、彼の周囲には柚香と正反対の社交的な美人が多くいるのかもしれない。

 しかし、柚香としては奏汰はどちらかというと苦手なタイプだ。

 あまり関わり合いにならないでおこうと思った矢先、獅狛が柚香に紙とペンを差し出した。

「お菓子作りに必要な材料があれば書き出してください。奏汰さんに買い物に行ってもらいます」

 柚香は獅狛を見た。

「それは成尊路さんに悪いですし、私、まだしばらくレンタカーを借りておくつもりだったので、自分で買い物に行きますよ」

 獅狛は首を左右に振って、紙とペンを柚香の手元に近づけた。

「この辺りにまとまった製菓材料を扱っている店はないのです」
「それならなおさら成尊路さんに申し訳ないです――」

 から、と言った柚香の声に奏汰の声が重なる。

「あー、柚香ちゃん、ぜんぜん気にしないで。俺、獅狛さんの役に立たないと、親父に勘当されちゃうんだよ」
「え?」

 柚香が見ると、奏汰はバツが悪そうな表情で後頭部を掻く。

「俺、数年前まで、けっこういろいろバカやっちゃってさ。勘当されるか獅狛さんに仕えるかって二択を親父に強制されちゃったわけ。だから、柚香ちゃんも俺をこき使ってくれていいんだよ」

 柚香は瞬きをして奏汰を見た。彼の言う『バカ』がどういう意味なのか、詳しくはわからないが、どうやら彼を頼るのに遠慮はいらないらしい。

「それじゃ、お言葉に甘えて……」