その後、仁科たちは二時間ほどおしゃべりを楽しんで、「夕飯の支度をしなくちゃいけないし、そろそろ帰ろうかしら」と席から立ち上がった。

「今日もゆっくりしちゃった。寒くなってくると、なかなか外でおしゃべりできないから、こういうところがあると本当にありがたいのよね」
「そうなのよ。家にいてじーっとしてるのも健康によくないし」
「ここまで来るのはいい運動なのよねぇ」

 それぞれストールを巻いたり上着を羽織ったりしながら、女性たちが言った。

 柚香は会計を手伝おうと思ったが、カウンターにも店内のどこにもレジスターがない。

(どうやってお会計をするんだろう……?)

 不思議に思いながら獅狛を見たら、彼は三人を見送るためにカウンターを回って入り口の扉に近づいた。そのとき柚香は、格子戸の横に大きな木箱が置かれているのに気づいた。よくよく見ると……神社の境内でよく見かける賽銭箱だ!

(ええっ、なんでこんなところに賽銭箱があるの!?)

 目を丸くする柚香の前を女性客三人が通り過ぎ、賽銭箱に近づいた。

「ごちそうさま、おいしかったわ。今日はケーキをいただいたから、いつもより多めに入れておくわね」

 そう言いながら、仁科たちはそれぞれ財布から数枚の硬貨を出して、その賽銭箱に入れた。硬貨が落ちる音を聴いて、柚香はぽかんと口を開ける。

「またお越しくださいね」

 獅狛がにっこり笑って三人に声をかけた。

「言われなくても来るわよ~」
「柚香ちゃん、本当においしかったわ。また来るから、おいしいお菓子をよろしくね」
「寒くなってきたから体に気をつけてねぇ」

 三人は口々に言いながら、手を振った。

「あ、ありがとうございました」

 柚香はどうにか口を動かして礼を言った。三人が店を出ていって扉が閉まり、柚香は獅狛を見る。

「これって……いったいどういうことなんですか……?」

 柚香が賽銭箱を指差し、獅狛は口元に笑みを浮かべて答える。

「もともとは狗守神社にお参りしてくださった方たちに、一休みしていただきたくて、ここにお茶処を開いたのです」
「それは聞きましたけど……でも、だからって……お会計がお賽銭だなんて……」

 きちんと価格設定をせずに飲食の対価を客に任せるなんて……それで経営していけるとはとても思えない。

 柚香はパティスリーの経営に関わったことはなかったが、こんなやり方で店として存続できるのか心配になった。しかし、獅狛はこともなげに言う。