柚香はいったん水を止めて、獅狛の手を見た。どこも赤くなっていないので、ひどいやけどではなさそうだが、きちんと冷やさなければ。

 柚香がタオルを探してきょろきょろしていると、獅狛の手を握っている右手に、彼がそっと左手を重ねた。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「え、でも、ほうじ茶はすごく熱いじゃないですか」

 柚香が心配して見上げたら、獅狛は小さく目配せをしてかすかに笑った。その意味ありげな表情を見て、柚香は目を丸くする。

(もしかして……仁科さんの追求を終わらせるために、わざとお茶をこぼして注意を引いてくれたんですか……?)

 柚香の心の問いに答えるように、獅狛がかすかにうなずいた。柚香は思わず口元を緩める。

「獅狛さんってば」

 獅狛が端整な顔を子どもっぽくほころばせるので、そのギャップにどうしても笑みが込み上げてきて、柚香はクスクスと笑い出した。

「柚香さん」

 獅狛が低い声で牽制する。笑ったら仁科たちに気づかれて、彼の気遣いが無に帰してしまうということだろう。

 それでも柚香はどうしても笑うのをやめられなかった。なにしろ笑ったのは一ヵ月ぶりくらいなのだ。

 獅狛は小さくため息をついて、柚香の頭をポンポンと撫でる。

「ちょっと大げさだったからって、そんなに笑わないでください」

 そう言って困った顔をする獅狛を見て、柚香はどうにか唇を結んだ。そうして笑い声をこぼさないようにしながらも、やっぱり顔が緩むのを止めることはできなかった。