「ねえ、違ってたらごめんなさいね。柚香ちゃんって……もしかして四年前に亡くなったあの西川正義(まさよし)さんのお孫さん……?」

 祖父の名前を出されて、柚香は目を見開いた。

「は、はい、そうです。あの、祖父をご存知なんですか?」
「ええ。西川さんとは小学校が一緒だったの。五つ離れてるから、中学生になってからは疎遠になったんだけど……小学生のときはよく遊んでくれたのよ。とても面倒見のいいお兄さんで、運動会では応援団長を務めたりして。だから、よく覚えていたの。お通夜にも行かせてもらったのよ。だけど、もう亡くなってしまったなんて……寂しいわね」

 仁科はかすかに笑みを浮かべた。

「お通夜に来てくださってたんですね。すぐに気づかなくて申し訳ありません」

 柚香が言うと、仁科は右手を振った。

「そんなそんな。謝らないで。私だってマスターに紹介されたのに、すぐにあの西川さんのお孫さんだって気づかなかったんだから。それで、今日はどうしてここに? おばあさんも亡くなったんでしょ?」

 仁科に訊かれて、柚香は返答に困った。

 本当はいつまでも次の仕事が見つからず、両親と姉のいる実家に居づらくなって、祖父母の家に逃げてきたのだ。そうしてしばらくひとりでひっそり過ごそうと思っていたのだが……そんなことを正直に言えるはずがない。

「柚香ちゃんひとりで来たの? そんなわけないわよね。お母さんも来てるの? お姉ちゃん……ええと、桃香(ももか)ちゃんだったかな? お姉ちゃんは元気? ここで働くのは柚香ちゃんだけなの?」

 矢継ぎ早に問いかけられ、柚香は返答に困って目を泳がせた。そのとき獅狛が「あっ」と声を上げる。

「どうしたんですか?」

 柚香が獅狛の方を見ると、彼の湯飲みがカウンターに倒れてお茶がこぼれていた。獅狛が右手を左手で押さえるので、柚香は彼のもとに駆け寄った。

「やけどしたんですか?」
「そのようです」
「大変! すぐに流水で冷やさないと!」

 柚香は獅狛の背中を押してシンクに向かう。

「右手ですね? 手の甲ですか?」

 柚香は蛇口から水を出し、獅狛の指先を掴んで流水を浴びせた。

「すみません」

 獅狛が申し訳なさそうに言った。柚香はとっさに彼の手を掴んでしまったが、彼の手が予想よりも大きく骨張っていたので驚いた。立ち居振る舞いからもっと中性的なイメージだったからだ。

「まだ痛みますか?」