店に入ってきたときはあんなに嬉しそうにしてくれたのに、『柿』と聞いた瞬間に三人の表情が変わった。予想していなかった反応に不安になって、柚香は三人がパウンドケーキを口に運ぶのを、固唾をのんで見守る。

 口に入れて味わうやいなや、三人の表情がパアッと明るくなった。

「おいしい!」

 三人が同時に言葉を発し、柚香はホッと息を吐き出した。

 味は気に入ってもらえたようだ。

 仁科が目を丸くして柚香を見る。

「柿がこんなにおしゃれなケーキになるなんて! 信じられない! びっくりだわ!」

 続いて河村が言う。

「正直に言うと、柿は庭の木に嫌と言うほどなるから、あまり期待してなかったのよね」
「でも、おいしい! 柿なんてそのまま食べるくらいしか方法がないと思ってたのにねぇ。すごいわ。さすがはパティシエールさんね」

 瀬戸口に褒められて、柚香は胸がいっぱいになった。

(こんなふうに、食べてくれた人を笑顔にしたいと思ってたんだ……)

 この仕事を志した気持ちを久しぶりに思い出して、自然と目頭が熱くなる。柚香が目を潤ませたとき、獅狛がそっと彼女を手招きした。

「柚香さんもどうぞ」

 獅狛がカウンターに柚香の分のパウンドケーキを置いた。柚香はカウンター席に着いて、三人の女性が賑やかにおしゃべりするのを聞きながら、フォークを取ってケーキを一口食べる。

(うん、甘さの加減はちょうどいいし、ほうじ茶の香りも主張しすぎてない……。コンポートにした柿の食感も残っているし、クルミの分量もいい感じにできたかな)

 柚香が咀嚼しながら斜め上を見て考え込んでいると、獅狛が柚香の目の前にひょこっと顔を出した。

「わ」

 柚香が驚いて目を見張り、獅狛がふっと微笑む。

「難しい顔をして、なにを考えてらしたんですか?」
「え。あ……パウンドケーキの出来具合を……」
「そうなんですね。とてもおいしいですよ。幸せになる味です」

 獅狛がケーキを口に運び、目を細めた。静かに味わうその表情が、今まで見たことがないほどほころんでいて、つられたように柚香も頬を緩めた。彼の言葉と表情に、心が温かくなってくる。

「ねえねえ、柚香ちゃん」

 仁科に呼ばれて、柚香は反射的に立ち上がった。

「はい、なにかご用でしょうか」

 仁科に近づくと、彼女は柚香をまじまじと見て口を開く。