「ようお越しくださいました。仁科(にしな)さん、河村(かわむら)さん、瀬戸口(せとぐち)さん」

 獅狛は、花柄のブラウスにベージュのカーディガンを着た小柄な女性、臙脂のニットを着たぽっちゃりした女性、黒のワンピースに水色のスカーフを巻いた細身の女性へと順に顔を向けた。

 獅狛の口からすぐに三人の名前が出てきたということは、彼女たちはししこまの常連客なのだろう。

 柚香は三人の顔と名前を懸命に記憶に刻む。

「ふふふ、今日も来ちゃったわよ~」

 三人は声を揃えて笑ったが、すぐに見慣れぬパティシエールの姿に気づいた。

「あら、ちょっとマスターってばいつの間に人を雇ったの? こんなにかわいらしい女の子、この辺りにいたかしら」

 花柄のブラウスにベージュのカーディガンを着た仁科が柚香を見て言った。獅狛がにっこり笑って仁科に答える。

「今日からししこまで働いてくださるパティシエールの西川柚香さんです」

 獅狛に視線を送られ、柚香は自己紹介をする。

「に、西川柚香と申します。よろしくお願いします」

 柚香がお辞儀をして顔を上げると、女性たちが次々に口を開く。

「まぁ、パティシエールですって! これから狗守神社にお参りした帰りにおいしいお菓子が食べられるようになるのね!」
「嬉しいわ! ししこまに来るのがますます楽しみになるわね」
「確かにマスターはイケメンだし、お茶をいただくだけでも癒やされるんだけど、果物なら自分の家でも食べられるものね。たまにはおいしいお菓子を食べたいと思っていたのよぉ!」

 三人に期待に満ちた視線を向けられて、柚香は曖昧に微笑んだ。

「あの、ええと、お口に合うといいんですけど……」
「さ、座りましょ」

 女性たちは案内される前に、狗守山が見える窓辺のテーブル席に着いた。

 獅狛がカウンターを回って厨房に戻り、急須の茶葉を新しくして、今度は三人のためにほうじ茶を淹れ始めた。柚香はパウンドケーキをほどよい厚さに切って、獅狛が出してくれた白い焼き物の皿にのせた。

「柿とほうじ茶とクルミのパウンドケーキです……」

 柚香がお盆にのせてテーブルに運ぶと、三人の女性が「柿!?」と一様に怪訝そうな声を上げた。

「はい……あの、お好きじゃない食材がありましたか?」

 三人は顔を見合わせてから、口々に「いいえ」「そんなことないわ」「たぶん」と言った。柚香はテーブルから離れて、三人がフォークを手に取るのを見る。