その言葉に柚香の心臓が大きく跳ねた。男性に『美しい』なんて言われたのは初めてだ。

「柚香さんは今、嫌な気持ちになりましたか?」

 獅狛に問われて、柚香はつかえながら答える。

「い、いいえ。正直に言うと……『美しい』なんて言われたことがなくて……びっくりしましたけど……。で、でも、嬉しかったです」

 獅狛はにっこりと微笑んだ。

「私も一緒です。柚香さんに『美しい』と言われて、嬉しかったんですよ」

 獅狛の笑顔に、柚香はほっこりした気持ちになった。そのとき、焼き上がりを知らせるオーブンの電子音が軽やかに鳴り響いた。

「あっ、焼けましたね」

 柚香はミトンをはめてオーブンの扉を開けた。もわっとした熱気とともに甘い香りが濃く広がって嬉しくなる。ミトンをはめた両手を入れてパウンドケーキ型を取り出すと、きれいな焼き色がついたケーキが型からこんもりと盛り上がっていた。柿とクルミがところどころから顔を覗かせ、茶葉の色がほどよいアクセントになっている。

「うん、いい感じ!」

 柚香はケーキ型を網の上に置いた。少し冷まさなければ、型から外せないのだ。

「うん、本当に甘くておいしそうな匂いですね。冷めたら私も少しいただいてよろしいでしょうか?」

 獅狛に問われて、柚香は頬を緩める。

「もちろんです!」
「いただけるのが待ち遠しいですが……それまで一服しましょうか。柚香さん、お疲れさまでしたね」

 獅狛がカウンターを回って厨房に入ってきた。彼が茶器を温め始めたので、柚香は厨房を出てカウンター席に座り、彼がお茶を入れるのを眺める。

 獅狛が使っているのは、大きめで趣のある茶色の急須だ。茶托はそれと同色だが、湯飲み茶碗はさっきと同じ白いもので、釉薬の色ムラがそれぞれ独特の味わいを出している。

 獅狛は急須に茶葉をたっぷりと入れた。そこに湯気の立っている湯を注ぎ、蓋をして少し蒸らす。彼が湯飲みの湯を捨てて琥珀色のお茶を注ぐにつれて、芳ばしい香りが漂ってきた。

 その高い香りにつられて、柚香は鼻から大きく息を吸い込んだ。

「どうぞ」

 獅狛が柚香の前に茶托に乗せた湯飲みを置いた。

「ありがとうございます」

 獅狛はカウンターを回って柚香の隣に腰を下ろした。そうして自分の湯飲みから静かにお茶をすする。

 柚香は湯飲みを持ち上げて一口飲んだ。熱いほうじ茶が喉を流れ、気分がすっきりとしてくる。