「なるほど。作曲家が曲を思いつくのや、小説家が物語を考えつくのと同じようなものなのでしょうね。柚香さんはパティシエールになるために生まれてきたんですね」

 獅狛の言葉に柚香は照れ笑いを浮かべた。

 小さい頃からスイーツが好きだった。伯母さんからお土産にもらったフルーツたっぷりのゼリー、誕生日に特別に注文してもらったチョコレートの豪華なケーキ、家族で行ったレストランでデザートに食べたプリンアラモード、学生時代に友達とカフェで食べたミルフィーユ……。どれも食べるとお腹だけでなく心も幸せで満たしてくれた。

 好きだったから、自然とスイーツに関わる仕事をしたいと思うようになった。それも、作る仕事だ。

 柚香は切ないような懐かしい気持ちを覚え、使った道具を洗い始めた。洗い終わってふきんで拭いて、元あった場所に片づけているうちに、甘い香りが漂い始める。

「いい匂いがしてきましたね」

 獅狛は相変わらずきれいな姿勢のまま座っていた。柚香は片づけを終えて、オーブンの表示を見る。

「あと五分ほどで焼けます」

 柚香の言葉が消え、店内にはオーブンが立てる低い音しか聞こえなくなった。柚香がチラッと獅狛を見ると、彼も柚香を見た。彼の瞳がかすかにきらめき、それがまた金色に見えて、柚香は思わず口を開く。

「獅狛さんの瞳って……」
「はい?」
「すごく……きれいですね」

 獅狛が口元に笑みを浮かべた。

「それは褒め言葉ですね?」

 そう問われて、柚香は両手をもじもじとさせる。

「そのつもりだったんですけど……男の人に『きれい』はよくなかったですよね」
「そんなことありません。柚香さんに褒められると嬉しいです」
「そう言ってもらえると……気が楽になります」

 獅狛はクスッと笑って続ける。

「週に何度か来てくださる女性に『この世のものとは思えない』と言われたことがあります。それは褒め言葉なのかどうか、今でもわかりません」
「それは……きっとこの世のものとは思えないほど美しいって意味じゃないでしょうか」

 柚香も彼を初めて見たときそう思ったのだ。

「ふむ」

 獅狛が考えるような声を出し、柚香はしまった、と思った。

 確かに獅狛は美しいが、『きれい』に続いて『美しい』だなんて、男性に対する褒め言葉ではないような気がする。

 そんなことを思って柚香が頭を悩ませていたら、獅狛が言う。

「私はケーキを作っているときの柚香さんを美しいと思いましたよ」