柚香はフルーツフォークを取り上げて柿に刺した。かじるとサクッと音を立て、ほんのりとした甘味に秋の訪れを感じる。ほうじ茶は高い香りがして、大きく湯気を吸い込んだら、不思議と肩から力が抜けた。一口すすると、芳ばしい味わいがして、温もりが喉から体へとじんわりと伝わっていく。

 柚香はほぅっとため息をついた。

「お茶とフルーツでこれだけ安らいだ気持ちになれるなんて……知りませんでした」

 柚香は湯飲みを置きながら言った。獅狛はカウンターの向こうで椅子に座り、視線が柚香と同じくらいの高さになる。

「そうですね。でも、わざわざ足を運んでくださったお客さまに、ホッとできる甘いものをお出しできたらという思いはあるのですが……」
「あんなにおいしいお料理ができるんですから、お菓子もきっと作れますよ」

 柚香は励ますように言ったが、獅狛は寂しげに首を左右に振った。

「挑戦してみたのですが、どうもお菓子作りは壊滅的にダメなようです。誰にも向き不向きがあるのでしょうね。私自身、甘いものが好きなので、作れないなんてとても残念です」

 柚香は空になった湯飲みに視線を落とした。獅狛は独り言のように話を続ける。

「ここ数日、狗守山で採れた柿をお出ししていたのですが、さすがに続きすぎたようで……昨日来たお客さまには『飽きました』と言われてしまいました」

 獅狛が静かにため息をついた。彼はお客さまのことを考えて悩んでいるのだ。その様子に、ふと柚香は親近感のようなものを覚えた。

 柚香自身、スイーツの新商品を考案するときは、いつも食べる人のことを考えていた。

 今旬のフルーツを使って、子どもが喜ぶようなケーキを作れないか?

 お年寄りでも食べやすいタルトはないだろうか?

 どうしたら甘いものが苦手な人にも喜んでもらえるだろう?

 いつもそんなことばかり考えていた。そんな自分を思い出し、柚香の口元がふっと緩む。

 けれど、獅狛が望んでいるのは、お茶に合うようなホッとするお菓子だ。柚香はパティシエールを目指して製菓専門学校で学んだので、洋菓子なら得意だが、本格的な和菓子は作れそうにない……。

 そう思った瞬間、ハッとして顔を上げた。

(お茶に合う洋菓子だってあるはずだ)

 そのとたん、頭の中でアイデアが膨らんできた。フレッシュな柿を使って、『飽きました』と言ったお客をうならせるようなスイーツを作ってみたい。

(柿と一緒にクルミとシナモンを使ったらどうかな。ううん、待って。シナモンの代わりにほうじ茶を粉末にするのもいいかもしれない。バターを多めに使ってしっとりとした口当たりにしたら、ずいぶん印象も違うはず。それになにより、今飲んだほうじ茶にも合いそう)