「あーあ、電話、かかってこねぇかなぁ」
 大智が呟くように言った。
 今日は春の選抜の代表校の発表日だ。
「あの成績じゃ間違っても鳴らねぇよ」
 ストレッチの相手をしていた大森が言った。
「だよな」
 大智は天を仰ぎながら言った。
「藤原先生、藤原先生。至急、職員室までお戻りください」
 校舎から放送が流れて来た。
「おろ? 何だ? ちょっと行って来るわ」
 呼び出しを聞いた藤原は、部員にそう告げると、急いで校舎へと向かって行った。
 それを見て、大智と大森は、まさか、と丸くした目で視線を合わせていた。
 大森はすぐに、ないない、と手を横に振ったが、大智は少しだけその顔に期待の笑みを浮かべていた。
 藤原は二十分ほどして帰って来た。
 大智と大森を始め、何人かの部員が、グラウンドに帰って来る藤原をじっと見つめていた。
「ん? どうした、皆揃って俺の方を見て」
 グラウンドに戻って来て、見られていることに気が付いた藤原が訊いた。
「何の呼び出しだったんですか?」
 大智が代表して訊いた。
 その目には朗報を期待する思いが混じっている。
「聞きたいか?」
 藤原に訊かれ、大智が、はい、と返事を返した。
 皆が藤原を注視する。
「実はだな……」
 皆、固唾を呑んだ。
「いやー、出さんとおえん書類をすっかり出し忘れててなぁ。こっぴどく叱られたよ。いやー、参った、参った」
 藤原は後頭部に手を当てながら、恥ずかしさを誤魔化すように、わっはっは、と笑っていた。
 まさかの呼び出しの理由に、藤原を注視していた部員たちは、お笑い芸人の如く、ズテッとその場にこけた。
「ん? どうした?」
 藤原はきょとんとした様子でズッコケている部員を見渡した。
「もしかして、選抜の連絡が来たんかもって、ちょいとだかしだけ期待していたもんで」
 藤原はそれを聞くと、真顔で大智を見つめていた。
 しばしの間、藤原は真顔のまま固まっていた。
 それから急に動き出す。
 藤原は手を横に大きく振った。
「あの成績じゃ無理、無理。二十一世紀枠の候補にすら入っていないしな。変な期待なんかせんと、夏に自分たちの力でもぎ取れ。お前らが最高学年の今年がダメだったら、また当分、千町にチャンスはないんだからな。しかも、今やお前たちはこの町の夢も背負ってる。最後の夏は相当のプレッシャーだぞ」
「わかってます。当然そのつもりでいますから。そもそも俺はその為にここへ来たんですから。この町に夢を与える為に」
 大智の答えを聞いた藤原は口角を上げ、ニッとした笑顔を浮かべた。
「頼もしい答えだ。おっしゃ。ほんなら、練習再開するぞ。気、引き締めていけ」
 グラウンドには、はい、と大きな声がこだました。

「おろ? 何か去年より減ってね?」
 二月十四日。
 放課後、大智が部室に持って来た紙袋を見て大森が言った。
「さぁな。去年のことなんてもう覚えてねぇよ」
 大智は自分の場所に着いて、紙袋を置いた。
 大智が置いた紙袋の中を確認しながら大森が言う。
「いーや、去年より明らかに減ってる」
「ふーん、あっそ。ま、どうだっていいじゃねか、そんなこと」
「いーや、良くない」
 大森はかぶりを振って言った。
「何でだよ」
「お前の人気が落ちたら、応援の人数が減っちまうだろ。そんなことになったら盛り上がりに欠けちまう」
「何じゃそら」
 大智は呆れたように言った。
「でも、不思議だよなぁ。大智のことをカッコイイって言う声はよく聞くのに、結果はこれだもんなぁ」
 大森は天井に目をやり、思考を巡らせ始めた。
 その横で大智は興味なさそうに着替えを進めている。
「あー、やっぱあれかな。原因は紅寧ちゃんかな」
「何で紅寧?」
 大智は怪訝そうな目を大森に向けた。
「ほら、お前らいつも一緒に帰ってるだろ? だから、付き合っとるって思われてるんじゃないか?」
「実際はただの鬼トレけどな」
「実際はな。けど、校舎を出る時しか見てない奴は、お前らが仲良く並んで歩いとる姿しか見てないわけじゃし、付き合っとるように見られるのも無理はない」
「そりゃまぁ……そうかもな」
 大森は、だろ? と自信有りげに返した。
「ま、それならそれでいいさ。俺は愛莉と紅寧がいてくれればそれで十分だしな」
「かー、羨ましいねぇ。一度でいいからそんなこと言ってみたいもんだよ、まったく。この贅沢野郎」
 大森は肘で大智の脇腹をつついた。
「んだよ、やめろや。ほら、アホなこと言ってないでさっさと練習行くぞ」
「へいへい」