あの日誓った約束

 真っ青に晴れた夏空の下、大歓声に包まれて、千町高校と谷山高校による準々決勝が始まった。
 両校とも歴史的快挙を続けていることもあり、スタンドには多くの人が応援に駆けつけている。
 先攻、谷山の一番白神が打席に入り、プレイボールがかかった。
 大智が初球を投じる。
 パンッと気持ちの良い音をさせて、大森のミットに収まった。
「ストライク」
 この試合一発目とあって、球審は気持ちのこもった声を響かせた。
「ほう……」
 大智の球を見送った白神がぼそりと呟く。
 二球目。
 大智のストレートを白神が打ちにいく。ボールはバットを掠め、バックネットへと飛んで行った。
「……なるほど。こりゃあ、なかなかめんどくせぇな」
 白神が大智を睨みながら呟く。
 一球外してからの、四球目。三振狙いの変化球。
 白神はその球をカットする。そして次も、次も、その次も。
 白神はボール球には手を出さず、ストライクゾーンを掠める球はことごとくカットしていった。
「にゃろう……」
 マウンドで大智が苛立たしそうに呟く。
 そして、カウント三ボール二ストライクからの十一球目。
 大智はギアを一つ上げ、力を込めたストレートを投げ込んだ。
「なっ!」
 大智の球を見た白神が声を漏らす。
 大智の投げた渾身のストレートに白神の反応が遅れる。
 白神は大智の球に対して、バットを出せなかった。
「ストライク! バッターアウト」
 白神は潔くバッターボックスからベンチへ帰っていった。
 白神と二番の大月がすれ違う。
 大月が、どうだった、と訊いた。
「どうやら初回は抑え気味でいくつもりらしい。が、それでもその辺のピッチャーとは段違いだ。打てないことはないが、早めに疲れさす必要があるな」
 白神がそう告げると、大月は、了解、と言って打席に向かった。
 二番の大月、三番の景山は白神と同様、フルカウントになるまでファールで粘った。
 最終的には大智が渾身の力を込めたストレートでどちらも三振に切って取ったが、結果、大智は初回だけで三十球近くを投げさせられることとなった。

「わかってはいたけど、嫌なことやりやがるな」
 ベンチに帰って来て、大智が大森に言った。
「あぁ。あからさまにファール狙いで来とるけど、ちゃんと振っとるから何も言えん。プレースタイルは気に入らんけど、やつら、練習は相当して来とるぞ」
「だな。初回の三人のスイングは本物だ」
「この試合、相当ハードになるぞ。大丈夫か?」
「たりめぇだろ。何の為に一年間みっちり走って来たと思ってんだよ」
「そうだったな。けど、気をつけろよ。相手の本当の狙いはお前を潰すことだ。後半、球威が落ちてきたら狙ってくるぞ」
 大森がそう言うと、大智は、あぁ、とだけ答えて、打席に向かう準備をした。

 一回の裏、千町高校の攻撃。
 相手、谷山のピッチャーは山上。右のサイドスローで、外角低め一点勝負のピッチングスタイル。外角低めへストレートと横と下へ逃げて行く変化球を投げ込んで来る。コントロールミスがなければ、大怪我や連打は難しい。それに加え山上の場合、スピードはそこまでないが、腕の振りが変わらない。その上、球のスピードもほとんど変わらないので、かなり打ちづらい。むやみやたらと力を込めて三振を狙ってもこないので、ボール球も少ない。攻撃側からしたら、かなり厄介な相手だ。
 この日も山上のピッチングが冴えわたり、千町高校の前に立ちはだかる。
 初回の千町の攻撃。
 一番の難波が二球、二番大西を三球で内野ゴロに打ち取られ、あっという間にニアウト。
 そして三番の大智も、四球目のスライダーでライトフライに打ち取られてしまった。
 合計九球。
 両校の攻撃は対照的な形で初回を終えた。

 二回の表、谷山の攻撃は四番から。
 一から三番にチームの強打者を並べている谷山はここから実力が少し落ちる。
 初球、谷山の四番はバントの構えを見せた。
 それを見て、大智は素早くマウンドから降りて、チャージをかけた。
 が、バッターはバットを引いてボールを見送った。
 その後、四番バッターはニストライクに追い込まれるまでバントの構えを見せるだけ見せて、バントはしなかった。
 そして、二ストライクに追い込また後、ピッチャー正面より少し左寄りに、綺麗にバントを決めた。
 大智はそれを難なく処理した。
 そしてそれは四番に限ったことではなかった。
 五番も、六番も、二ストライクに追い込まれるまで、バントの構えを見せるだけ見せて、バットを引いた。
 谷山のバッターは二ストライクからスリーバント失敗を恐れるどころか、ものの見事に大智に捕らせるようなバントを決めて来た。
 所謂、バント攻撃。
「無理せずサードに任せてもいいんだぞ」
 ベンチに帰って来て大森が言った。
「そりゃ無理だ。体が勝手に反応しちまう」
 日頃の練習で反復して身に付けた癖はそう簡単に抑えられるものではない。
 真剣になっていれば尚更。考えるよりも先に動いてしまっている。
「そりゃまぁ、そうか……」
「そういう事。相手の思うつぼかもしれんけど、変に相手に合わせようとしたら、それこそ調子崩しちまう。相手がどんな手を使ってこようと、正面からぶつかっていけばいいんだよ」
「そうだな、悪かった。じゃあ、いつも通り、伸び伸び投げてこい」
「おう」
 大智と大森はグータッチを交わした。