1日の終わり。

あーぁ、今日も忙しかった。
1人ぼやきながら、私は借りている駐車場へと向かっていた。

日が長くなり、まだ周囲は明るい。
こんな日は家でビールでも飲もう。
公は当直だから、1人でゆっくり。
さあ、何を食べようかななんて考えながら、私は駐車場に近づいていった。

そして、車が見えるところまで来たとき、
え??
足が止まった。

私の車に張られた紙。
恐る恐る近づいてみる。

『山形紅羽』
真っ赤な字で、ただ名前だけ。

うわ、気持ち悪。
一体誰だろう。
個人で借りている駐車場だから、駐車違反でもないし・・・

もしかして、翼のファン?
まさかね。
さすがにそこまでは・・・でも、なくはない。

とにかく帰ろう。
帰って翼に相談しよう。

紙をはがし、タオルでフロントガラスを拭くと、私は自宅に向かった。

警察に通報しようかとも考えたけれど、やめた。
色々うるさく聞かれるのは好きじゃない。
それに・・・無言電話も以前からあったし。
翼のファンに呼び出されたことだって、1度や2度じゃない。

そんなとき、私はただ黙っている。
「あんた何様よ」
「翼くんはあんたなんか好きじゃないのよ」
「どっか行っちゃってよ」
中には手を上げそうな勢いで、掴みかかってくる子まで。
それでも、私は無反応を通した。
恋人でない以上、何を言われても平気だった。
だから、今更こんな嫌がらせに負けたりしない。

私はこんな性格だから、イジメには慣れている。
小学校の時から、時々イジメられた。
自分のかわいくない性格を、呪った時期もあった。
周りのみんなに負けないように、精一杯笑顔を作ったりもした。
興味もないくせに話を合わせてみたり、似合いもしないのにおそろいの髪型にしてみたり。
自分なりに努力はした。
でも、長くは続かなかった。
嘘をついて自分をごまかすことが苦しくなって、いつの間にか1人になっていた。
無視されるのも、物を隠されるのも、囲まれて小突かれることだって経験すみ。
張り紙一枚に動揺したりはしない。
そんなことに私は負けない。


病院から自宅までは車で20分ほど。
私は結局どこにも寄ることなく、そのまま帰った。

戸建ての借家のくせに、駐車場がない我が家は300メートルほど離れた場所に2台分の駐車場を借りている。

あれ、翼の車がない。
残業かな?
救命は、何かあれば遅くなることも珍しくない。
臨床医の中でもかなりハードな部署だと思う。
しかし、翼が「俺は救命に行く」と言ったとき、フーンと納得できた。
いかにもな選択だと思った。

何でも器用にそつなくこなす翼だからこそ、いつも少し上を目指す。
一番になってやるって野心ギラギラではなく、少しだけ険しい道を選択する。
それが福井翼。
その真っ直ぐに前を見て手を抜かない生き方を、私は尊敬している。

街中とは言え、人気もなく寂しい道。
それでももうすぐ家も見えてくる。
あと少しで自宅。
そんな思いが気を緩ませた。

ん?
いつの間に後ろから自転車が近づいてくる。
反射的によけた。
車道と歩道の区別さえない道だから、お互い避けあって使うしかない。
でも、自転車は真っ直ぐ私に向かってきた。

痛っ。
腕が熱い。

その場にしゃがみ込んだきり、動けなくなった。

痛い痛い。

右腕の肘から下辺りから、真っ赤な血が筋となって流れている。
血を見ることなんて珍しくもないはずなのに、自分の体から出ていると思うと怖い。

お願い、誰か助けて-。

その時、近づく足音。

ああ、翼。
良かったー。

「紅羽、どうした。しっかりしろ」
遠くの方で翼の声を聞いた気がする。
助かった安堵感で、私は気を失った、

その後、翼によって救急車が呼ばれ、勤務先の病院へ搬送された。