結婚式から半年。
私は新病院に勤務することなく産休に入った。
公の僻地勤務は週に3日だけとなり、嘱託医として総合病院での勤務が続いている。
一方私は、のんびりゆったり専業主婦を満喫中。
勤務先の病院近くに引っ越して、公がいないときには実家にもしょっちゅう帰る。


「こら、重たい物を持つんじゃない」
「ちゃんとご飯を食べろ。お前1人の体じゃないんだぞ」
今日も、父さんと公の小言が止まらない。

よく考えると、2人はとても似ている。
頑固だし、厳しいし、曲がったことが大嫌い。
それでいて、外面は良いんだから。
公もきっと父さんみたいなパパになるのね。



6月の終わり。
梅雨明けの晴天の日に、私は出産した。
元気な男の子は、勇大(ゆうだい)。
名前は、公がつけた。
いい名だと父さんも喜んでいる。

そして気づいた。
公ってとっても過保護。

今日だって、
「えー、だからもう熱は下がってきてるんだから、寝かせてやりましょうよ」
「そんなこと言って何かあったらどうするんだ?」
「だから・・・」
会話は完全に平行線をたどっている。

今、3日前から風邪気味の雄大の熱が下がらないのを心配した公が、救急に連れて行くと騒いでいる。

「だから、昨日小児科でもらった薬もまだあるし、熱だって上がってきているわけじゃないし、胸の音も綺麗なの。今夜は様子を見ましょうよ」
「ダメだ。何かあってからでは遅い」
「でも・・・」
この人本当に医者なんだろうかと、見つめてしまった。

「ねえ、今救急に行っても診るのは救命医なのよ。仮に専門医を呼ぼうって話になったとして、呼ばれて出てくるのは小児科医なの。その小児科の私がいうんだから、信じてよ」
「それでも・・・心配なんだ」
まるで小動物みたいな真っ直ぐな瞳で見られると、もう私の負け。

「わかりました。そんなに言うなら行きましょう」
私と公と雄大は救急外来へと向かった。


着いたのは、公の勤務先であり私の元の職場。
当然出てきたのは、元同居人。

「元気そうだけれどなあ。小児科呼ぶか?」
翼が呆れてる。
「呼んでくれ。もう3日も熱が下がらないんだ」
細かく病状を説明する公。

「紅羽が診れば良いと思うけれどなあ」
ブツブツ言いながら、翼が小児科を呼んでくれた。

本当に、私もそう思います。
これで研修医とか出てきたら、自分で検査と薬のオーダーをしてやる。


10分後。
降りてきたのが小児科部長。

私と公を交互に見て、笑っている。

「入院するか?」
「はあ?」
「熱も続いてるし、入院して点滴で一気に治すのも良いぞ」
「えー」
思わず、口を尖らせてしまった。

まだ、入院するほどの状態ではないでしょう。

しかし、
「お願いします」
すっかりその気の公。

こうなったら止められない。


結局、勤務していた病院での入院生活。

もう、恥ずかしさしかない。
長い患者には見知った人も多いから、イヤでも声をかけられてしまうし、

「どうせなら戻ってくれば?」
夏美の呟き。

「もー、やめてよ」
「はいはい冗談です。今は患者のお母さんだものね」
「まあね」
いまだにお母さんって呼ばれることにはなれない。

結婚してからも、公は嘱託医のまま。
もちろん、どちらの病院からも常勤医にって誘ってもらっているけれど断り続けている。

それには理由があって、

「もうすぐ開院ですか?」
病棟師長に聞かれ、
「ええ」
つい頬が緩んでしまった。

あと数ヶ月もすれば、郊外で実家にも車で30分ほどの場所に宮城ファミリークリニックが開院する。

公が内科を、私が小児科を診る小さなクリニック。
そこで私たちの新しい生活が始まる。

外面が良くて、本当は頑固で俺様な公。
意固地で、かわいげがなくて、さみしがり屋の私。
雄大はどんな大人になるんだろう。

この先の人生に不安がないわけではないけれど、今はただ公を信じてついて行こう。
私が愛し、私のことを心から愛してくれた初めての人だから。