「オイ、しっかりしろ」
次に聞こえてきたのは、翼の声だった。

ここは・・・病院。
私は・・・倒れたんだ。
赤ちゃんは?

「紅羽、大丈夫か?」
父さんまで来ている。

「大丈夫」
みんなが見ているからと、起き上がろうとして、
「馬鹿、寝てろ」
翼に止められてしまった。

「今は、じっとしていなさい」
父さんまで。

ウンウンと頷く翼。

もー。
父さんと翼は以前から何度か顔を合わせている。
もちろん友達としてで、まさか一緒に暮らしているとは思っていないけれど。

「心配いらないからな。落ち着くまで、もう少し寝ていろ」
「うん」
翼は優しく言ってくれるけれど、私にはわかっている。

自分の体だもの。わからないはずがない。
今も・・・出血が続いている。

「検査だな」
救命部長の声。

「俺が診ますから」
いつになく、翼の語気が強い。

部長を含め反対する者はなく、みんな遠巻きに見ている。

「とりあえず、師長、救急病棟の部屋を用意してください」
「個室でいいですよね」
「ええ、かまいません」
なぜか翼が答えている。

差額ベット代を払うのは私ですが・・・

「検査は血液検査と、超音波は病室に上がってからにします」
「レントゲンは?」
師長の問いに、
「うーん、後でいいです。とにかく、病室に上げてやりましょう」
「「はい」」
翼が言い切り、救命部長も了承した。

本来なら、この状況ではレントゲンが必須だと思う。
でも、妊娠初期の私にレントゲンはできない。
翼はわかっていて断ってくれたんだ。
もしかしたら、部長も師長も気づいたかも知れないけれど、結局みんな黙ってくれた。


救急病棟の特別室。
ここって、確か1日2万はする部屋のはず。
朝方まで付き添っていた父さんが帰り、翼と2人になった。

「救命部長、きっと気づいたね」
「ああ。俺の彼女だと思われているから」
「ふーん。否定しとかないと」
「別にいいよ」
「言いわけないじゃない」
このままじゃ、翼の子供だと思われるかも知れない。

「せっかくだから、このまま紅羽をもらおうかな。今なら子供までついてくる」
「おまけみたいに言わないで」
「本気だぞ」
真面目な顔。

余計にまずいわよ。
これ以上翼に迷惑はかけられないのに。

日勤帯になり、顔見知りのドクターや看護師が顔を出してくれる。
もちろんうれしくはあるんだけれど・・・
今は素直に喜べない。
みんなが気遣ってくれてはいるけれど、私の状況は変わらない。
少しずつではあっても、止まらない出血。
それは赤ちゃんからの危険信号。

普段、私は神も仏も信じないけれど、今度ばかりは神仏に手を合わせた。
どうかこの命を守ってください。たとえ私の命が縮んでもいいからこの子を助けて。

「紅羽、しっかりしろ」
いつの間にか涙を流していた私を、翼がギュッと抱きしめてくれた。

とっても、あったかい。
でも違う。
これは、私が欲しい温もりではない。