実家に戻って数日、体調も良くて穏やかに過ごしていた。
正直、仕事のことはすっかり頭になかった。

そんなとき、
ブブブ。
突然鳴った携帯。

時刻は夜の9時。

何だろうと確認すると、夏美からの着信だった。
珍しいなと思いながら、すごくイヤな予感がする。

「もしもし」
『山形先生?』

えっ?
夏美がこんな呼び方をするのは仕事の時。
って事は、誰かが急変?

「どうしたの?」
幾分自分の声が緊張しているのがわかる。

「唯ちゃんが急変した」
「嘘」
「本当よ。月末まではこっちの病院に席があるんだったわよね?」
「ええ」
だったら来なさいと、夏美は言っている。
私も躊躇いはなかった。

「少し時間はかかるけれど、向かうから」
「ええ、待ってる」
今から向かっても間に合うかどうかはわからないけれど、とにかく行こう。

夏美からの電話を切ってから、私は身支度を始めた。
この時間だから、駅まで行って電車があるか確認しよう。
もしダメならタクシーを拾おう。
そう思って部屋を出た。

こんな時間に黙って帰るわけにもいかず、私は父さん達の部屋をたずねた。

「ごめん、受け持ちの患者が急変らしくて。一旦帰るわ」
荷物を手に声をかけると、
「送っていく」
と、父さんが立ち上がった。
「でも・・・」

「お前車で来てないんだろう?」
それはそうだけれど。

「無理したらダメよ。1人の体じゃないんだから」
母さんにも言われ、素直に送ってもらうことにした。


結局父さんの車に乗せられ、家を出た。
最初は駅まで行くのかなって思っていると、車はそのまま高速へ。

「ええ、駅で電車を探すのに」
「この時間じゃあるかわからんだろうが」
「でも・・・」
「いいんだ。着くまで寝てろ」

父さん・・・
なんだか胸が熱くなった。


無言の車内。
目を閉じても眠ることはできず、代わり映えのしない車窓を眺めて過ごした。

「私がずっと診て気た子なの。今行かないと会えなくなるの」
わざわざ送ってくれる父さんに、大まかな事情を説明した。
「そうか」
それ以上の返事は返ってこない。

唯ちゃんは、生まれたときからずっとベットの上で寝たきりだった。
私はご両親よりも長い時間を一緒に過ごしてきた。
だから、行かないといけない。

唯ちゃんのことを思い出しながら、ボロボロと泣いた。
父さんが背中をぽんぽんと叩いてくれた。


2時間以上かけて、病院まで着た。

駐車場に車を止めた父さんに、
「ありがとう」
お礼を言うと、
「いいから行きなさい。どんなに遅くなってもいいから、父さん待ってるから」
必ずここに戻って来いと言われた。

「行ってきます」
しっかりと涙を拭いて、私は病棟へ向かう。