うえぇー。
今日も朝から吐き気に襲われる。
ここのところずーっとこの調子。
夏美にも「いい加減に受診しなさい」って毎日言われている。

「でもねえ」
ペットボトルのミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し、一口含んだ。

うえぇー。
やはり吐き気は治まらない。

マズイなあ。
できれば休みたくないのに。

「おーい、紅羽。大丈夫か?」
階段の下から翼の声。

「ダメみたい」

「はあ?」
ダダダッと階段を上がる足音。

トントン。
「入るぞ」
返事を待つことなく入ってきた翼が、

「何してるの?」
私を見下ろす。

「気持ち悪い」
小学校の遠足でバスに酔ったときより酷い。
2日酔いの10倍は辛い。

「そんな所にいたら良くならないから、ベットに行こう」
手を差し出して、私を抱えようとする。

「うん」
台所の片隅で冷蔵庫を背にうずくまり、膝とエチケット袋を抱えた私は翼に寄りかかった。

「今日の勤務は無理だな」
「えー」
この状態では仕事にならないのは私にだって分っている。
でも・・・
1ヶ月後、私は異動になる。
勤務先は隣町の市立病院。
一応、救急外来を持つ総合病院。
決して左遷ではない。
早いか遅いかの違いで、夏美だって翼だって異動はある。
いつまでも同じ現場にいられる医者なんてごく一部なんだから。
分ってはいるけれど・・・

「離島に飛ばされたわけでも、山の中に送り込まれたわけでもないだろう。そんなに落ち込むな」
「分ってるわよっ」
そんなこと言われなくたって、頭では理解してる。

「仕方ないから、今日は休め」
頭を上げる事もできない私が仕事に行けるはずもない。
でも、今休んだら駄々をこねているみたい。

「言いたい奴には言わせておけ」
背中をトントンと叩いてくれる翼。
「・・・うん。ありがとう」

「で、何か欲しいものがあるか?」
仕事に行く前に用意してやるぞと言っている。

「何もいらない。それより、薬をちょうだい。この吐き気が止まるような・・・」
「あんまり酷いようなら病院に行くか?すぐに点滴をしてやれるぞ」
うーん、それもいいなあ。

「なあ、」
「ん?」
何よと目を開けると、翼がジーッと私を見ている。

「お前・・・まさか?」

何?
今更この体調不良の原因を追及するつもり?
私にだって分っています。
この不調の原因はストレス。
心の弱い私は体に出てしまったわけよ。

「生理、来てる?」

はあああ。
そんなこと翼に言えるわけが、

「どうなんだよ」
「どうって・・・」
確かに遅れてはいるけれど、普段から不規則だし。

「調べてみろよ」
「ええー」

「妊娠の可能性が否定できなかったら、薬は出せないぞ」
確かにそうだけれど。
まさか、そんな。