数日後。
我慢の限界を迎えた私は、有休を取った。

今まで仮病で休んだことなんて学生時代から思い出してもなかったのに、『すみません、風邪で休みます』と嘘をついてしまった。

そして、私が向かったのは山の中の診療所。
ガタガタの田舎道。
緑深い山里。
時々来るには最高の場所。
でも、暮らすとなるとどうなんだろうか・・・こんな所に公はいるのね。


ひたすらカーナビだけを信じ、やっとたどり着いた古びた診療所。

「こんにちは」
「はーい」と出てきた女性。
白衣を着た、若い看護師。

「診察ですか?」
「え、ええ」
もちろん診察に来たつもりはなかったけれど、ここで否定する勇気もなかった。

それに、
「最近胃の調子が悪くて」
これは嘘ではない。

受付に案内され、問診を書き、しばらく待つ。
待合には5人ほどの患者さんがいる。
確かに、老人が多い。
もし公がいなくなれば、この人たちは困ってしまうんだ・・・
これが僻地医療の現実とは言え、街の病院とは様子が違いすぎる。

10分ほど待って、
「山形さーん」と診察室へ呼ばれた。

「どうぞ」と声をかけた公が、パソコンから顔を上げこちらを向いた瞬間
え?
驚いた顔をした。

久しぶりに公の顔を見た私はうれしくて、微笑んでしまった。

なんだかとても元気そう。
痩せた様子もないし、着ている服も綺麗にアイロンがかけられていて、清潔感がある。
自分でしたのかなあ、それとも・・・

「どうしました?」
「ええ?」
私に気づいたはずの公が、発した言葉に今度は私が驚いた。

「今日はどうされました?」
どうやら公は、医者と患者で通す気らしい。
それなら私も、付き合います。

「最近胃の調子が悪くて・・・」
「痛みがありますか?」
「はい」
「それは、空腹時?」
「うーん、気がつけばって感じなので・・・」
「どの辺りが痛みますか?」
「えーっと、この辺?」
胃の辺りをさすってみた。

「食事はとれていますか?」
「はい」

ところで、この小芝居、続ける気だろうか?
もしかして、公は怒ってる?
だんだん不安になってきた。

「便通は?」
・・・
さすがに恥ずかしい。

「うんちです」
再度たずねてくる公。

分っています。
「大丈夫です」
精一杯答えたのに、

「毎日ありますか?」
許してはくれないらしい。

あー、恥ずかしい。

「便通は毎日ありますか?」
まるで日本語がわからない患者を相手にするように、繰り返す公。
ひょっとして、いじめて楽しんでいるんだろうか?

「2日に一度くらいです」
こうなったら根比べとばかり、私も開き直った。

「生理は?」
「はぁ?」
「最後はいつでした?」
「・・・先月の頭です」
「遅れてますか?」
「元々不順なので」

「最後の食事はいつですか?」
「昨日の夕食です」
「それ以降は絶食ですね?」
「はい」
今朝は忙しくて何も食べられなかった。

「では、胃カメラをしましょう」
え、ええ。
私の顔に拒絶が出てしまった。

「いやならバリウムでも良いですが」

どっちもイヤ。
特に胃カメラは、すごーく苦手。

「とりあえず、薬だけいただけませんか?」
かわいく言ってみたのに、
「ダメです。原因がわからないのに薬は出せません。カメラ、準備してください」
後半は診察室にいた看護師に対しての言葉。

うそー、どうしよう。