「むかしむかしあるところに、おばあさんと
おじいさんが居ました。おじいさんは…」

昔読んでもらっていた絵本を懐かしそうに読む。
睦月君は、一生懸命その話を聞いてくれる。
全部読み終わると睦月君は、無表情だがパチパチと
拍手をしてくれた。
どうやら気に入ってくれたようだ。
すると先生がコーヒーを淹れて持ってきてくれた。
まさか夕食を招待されただけではなく
淹れて貰えるなんて……。

「あ、すみません。コーヒーまで…」

「気にするな。睦月に絵本を読んでくれた礼だ」

睦月君にもジュースが入ったコップを渡すと
自分もコーヒーを飲み出した。
それを聞いた時に意外と律儀というか優しいと思った。
冷たく言い放つのは、ただの照れ隠しだからだろうか?
それとも、言っていた通り行き詰まっていたから
機嫌が悪かっただけだろうか?

「そういえば、小説どうするんだ?
次の作品に対して希望とかあるのか?」

先生に逆に質問してきた。えっ?
一瞬何を言われてるのか分からなかったが
すぐに理解する。あ、そうだった。

「あの……それより、サイン会の方を」

「だから、断ると言ってるだろーが!?
やりたいなら勝手にやれ。
その代わり俺は、出ないからな」

また、機嫌悪そうに言われた。
先生が出ないのではサイン会をする意味がない。
それだと我が社が困ってしまう。

「お願いします。先生……」

「そもそもサイン会をして何になるんだ?
作品は、そんな事をしなくても注目を浴びている。
今さら、やったとしても下手に騒がれて
リスクになるだけで、やるだけ無駄だ!」

そう言い切る先生。
必死に頼み込むが、それでもダメだと拒否される。
確かに先生が出るとなると注目を浴びるのは、
間違いないはずだ。
それは、もう……大変な騒ぎになるだろうけど

「とにかく人前に出るのは、ごめんだ。
作品の打ち合わせなら、話を聞くがそれ以外なら帰れ」