あれから、「菓子を作ってお参りしないと」という思いが頭の隅にずっとある信吉は、二日と日をおかずに社にやってきていた。
 鳥居をくぐったとたん、信吉の記憶にかかった霞は晴れ、あかねとの約束を当たり前のように思い出す。

 大福だったり、最中だったり、日によって様々な菓子を持参する。必ず餡子が入ったものだが、いままで一度として同じ味の餡にはなっていなかった。
 試食したあかねの感想を参考に、試行錯誤しているのがよくわかる。

 先日の茶饅頭は、塩気が強くどこか舌触りの悪い餡子だった。そう評すると、持ってきた帳面に記録をとっていく。聞けば、これまでに作ってきた菓子の情報をまとめ、一覧にしているという。
 小豆や砂糖などの材料の分量はもちろん、その日の天気や水の温度まで。どんな些細な気付きももらさず書き記す。前回とはなにが違うのか、一目瞭然だ。
 そうして、欠点をひとつひとつ直していった。

 それでも肝心の塩加減には、苦戦しているようで。

「親方は、ほんとに適当なんだよ。こう、塩壷から手でバッて掴んで、パラパラってね。親方とは手の大きさも違うし、日によっても、量が違うようなんだ」

 こればかりは、やっぱり経験を積むしかないのだろうか。
 目の前に広げた己の右手を矯めつ眇めつし弱気になりかける信吉を、あかねは叱咤激励する。

「いずれにせよ、基となる割合があるはずであろう。それさえわかれば、あとは、するするとことが進むはず」
「うん。まず、匙を使って、自分なりに量を測り比べているんだよ」

 帳面を繰りながら、信吉がぶつぶつ言っている。
 幸い、そうした細かな作業が苦にならない質らしい。
 次々と打開策を生み出しては失敗し、それを繰り返しながらも少しずつ前へ進んでいた。

 

 近頃では、信吉が訪れる時刻が近付くと、あかねは鳥居の上で待つようになった。
 下駄の音がすると、参道に降りて出迎える。

「こんにちは、あかねさん。今日は薄皮饅頭だよ」
「では、こし餡じゃな。して、首尾はどうじゃ?」
「それが、けっこう上手くいった気がするんだ」

 信吉の明るい表情から、自信のほどがうかがえた。
 しからば、とあかねが大きく口を開ける。ぱくっと半分に割ると、なめらかなこし餡がいっぱいに詰まっているのがわかった。
 よく舌の上で味わってから、ゴクンと飲み込んだあかねの顔が、ぱぁっと輝く。

「信吉。これはっ!」
「ね。なかなかのできだと思わないかい?」
「うむ。完全とはいかんが、これまでで一番、松乃屋の味に近い」

 残りも食べると、あかねはにっこりと微笑んだ。