その日も、あかねは鳥居の笠木に腰掛け、町の風景を眺めていた。

 侍の時代が終わりを告げてから、この国は急速に様変わりしている。
 行き交う人々の服装が変わり、煙を吐く大きな函が、馬も牛いないのに勝手に走る。
 夜になっても、いつまでも明るい場所ができ、妖たちは居場所が減ったと嘆いていた。
 周りに家は増えたけど、この社を訪う者は減る一方だ。
 それでも、千代のように気にかけてくれる者もまだいるから、あかねはここを離れない。
 まあ、離れるといっても、ほかに行くとろなどないのだけれど。


 あかねがここに棲みついたのは、四百年あまり昔のこと。
 主の居なくなった(やしろ)は荒れ果てて、人間に忘れ去られていた。
 雑木林の中にあった崩れかけの建物を、人間に追われて母狐とはぐれたあかねは、雨露をしのぐための宿にした。

 雨がやんで冷たい(みぞれ)に変わり、やがて辺り一面が雪に覆われても、いっこうに母親は迎えは来なかったが、人が訪れることもないこの場所は、思いのほか居心地が良くてついつい長居をした。
 そうしていつしか気づいたら、ふさふさの尻尾が増え、赤銅色の毛皮は綿雪みたいに真っ白になっていたのだ。
 そう。ちょうどあの、薯蕷饅頭みたいに。

 やがて林は切り開かれ、社の周りにどんどん人が集まり、家が建っていった。
 おんぼろだった建物も、人間たちが直してくれた。
 とくになにをしたというつもりはないのに、賽銭や供物を勝手に置いていく。
 礼に、ときどき白い姿を見せて話を聞いてやると、それだけで人間は喜んだ。
「ありがとう」と言って、笑ってくれた。

 だから、あかねはずっとここに居たのだ。
 そしてたぶん、これからもここに居る。