松乃屋の定休日は、週に一度。大口の注文が入ったりすると、それも飛ぶことがあるが、今日は幸い、そういったことはなかった。
 梅雨入り前の貴重な晴天で、そこかしこで洗濯物が泳いでいる。

「おい、信吉。そんなに召かしこんで、逢引きか?」

 いそいそと出かけようとしていたところへ、目ざとく清司が絡んできた。
 そうはいっても、いつもの作務衣から、白いシャツと綿のズボンという洋装になっただけだが、すっきりと短くした髪が、爽やかさを追加していた。

「そんなんじゃありませんよ。お稲荷さんにお礼参りに行くんです」
「じゃあ、なんでそんな格好なんだ?」

 言われてみれば妙である。すぐそこの社に行くだけなのに、朝起きたら、決めていたように洋服に袖を通していた。

「虫干し代わりですよ。こうりに突っこんだままじゃあ、カビが生えちゃいますから」

 自分でもよく分からない言い訳をして、住み込みで働く松乃屋をあとにする。

 朱い鳥居をくぐるときょろきょろ辺りを見回し、あかねを探した。いつも出迎えてくれていたのに、今日は姿が見えない。
 参道を進むと、社殿の影から、ちらちらとあかねが顔を覗かせているのに気づいた。

「こんにちは。今日は、約束した日だよ」

 近くまで行くと、やっとあかねが全身を表した。

「おや。珍しい格好をしているね」

 薄山吹色に小菊を散らした小振り袖に、海老茶の袴。いつもは垂らしっぱなしのおかっぱも、この日はひとつに高く結ってリボンを結び、ちいさな女学生になっていた。
 
「お千代に聞いたら『デエト』というそうじゃな。社の前をよく通る女学生たちを手本にしてみたのじゃが」

 くるりと回ってみせて、どうじゃと自慢げに胸を張る。

「いいね、よく似合うよ。いつでも学校に行けそうだ。さっ、行こうか」

 右手を差し出して手を繋ごうとしたが、あかねは手を取らずに先を進み始めてしまった。
 ここでも、子ども扱いしたと思われたのかと、苦笑いで肩をすくめて後に付いていった。