「それが三年なんだ」

『三年だけ期間をやる。そこで俺が使いものにならんと判断したら、容赦なく放り出す』

 そしてその期限が、すぐ目の前に迫っている。

「ゆえに焦っておるのか」

 あかねは密かに呆れていた。
 あの源造のことだ。いったん身内に迎えた時点で、すでに信吉を認めているのだろう。よほどのことがない限り、差し延べた手を放すほど無責任な男ではない。
 ただ、尋常でないひねくれ者なので、一言釘を刺しておきたかっただけに違いない。
 信吉の馬鹿がつくほどの正直さと、三年も共に仕事をしてるくせにそれに気づかない鈍さに、おかしくなったあかねから笑みがこぼれる。

「笑いごとでないよ。親方に認められなければ、あの店を出て行かなきゃならないんだ」
「すまぬ。じゃが、そのがんばりは無駄にはならんだろうて」

 あかねは笑い顔を無理やり引き締めて、信吉の手元を指す。
 そうだといいな、と信吉は帳面を大切そうに抱えた。
 きっと源造は、帳面のことだけでなく、これまでの信吉の努力にも気がついているだろう。あかねに千里眼はないが、なんとなくそう思う。 

「いまはこの記録に頼っているけど、いずれは親方のように勘で動けるまでにならないといけないな」

 信吉に、新たな目標がまた増える。まだまだ先は長いのだ。

「なにごとも修行じゃ。失敗も成功も、経験となって己の糧となる。努力を怠らなければ、いずれ願いは叶うじゃろうて」

 あかねが遠い目をして語ると、信吉もしみじみと肯く。

「そうだね。ここまでがんばれたのも、あかねさんのおかげだよ。ありがとう」

 信吉は、あかねの小さな白い手を大きな両手で握った。
 その温かさに、あかねはどぎまぎしてしまい、思わず手を引っ込めてしまった。

「な、なにをする! 妾は……妾は、供物の礼をしただけじゃ」
「礼? あぁ、そうだ。なにかお礼をしなければね。ちょっと気が早いけど、なにが良い? あんまり高価な物は無理だけど」
「だから、供物が……」

 言いかけて、ふいと思いついた。

「なにやら甘い氷があると聞いたが、おぬし、知っておるか?」

 少し前、道行く女学生たちが話題にしていたのだ。

「カキ氷のことかな。削った氷に砂糖や蜜をかけて食べるんだ。餡をのせている店もあるとか」
「ほほう」

 餡子と聞いて、あかねの瞳が輝く。

「たしか、隣町の氷屋でも出していたなあ」
「このように(ぬく)くなってもまだ氷があるのか!?」
「近ごろは、人工的に氷が作れるようになったからね。僕らにも手が届きやすくなったんだよ」
「立夏も過ぎたというに、氷となあ……」

 あかねは空を見あげ、降り注ぐ陽光に目を細める。

「じゃあ、無事、親方に認めてもらえたら、お祝いに食べに行こう」

 信吉は、あかねの小指に自分の小指を絡ませて「指切りげんまん」とにっこり笑った。