「今日は大福にしてみたよ。こし(・・)と粒の両方。蓬のほうがこし餡ね」

 信吉が差し出した大福を手に取ると、柔らかな餅に指がめり込んでいった。

「粒餡はいま少し小豆の食感が残っているほうが好みじゃ。こしは……まあ及第点でよいだろう」

 右手の白大福、左手に持った蓬大福を交互にかじって、あかねが評す。

「本当かい? 嬉しいな」

 信吉も若草色の大福をつまみ、自分の口へ運ぶ。ゆっくりと味わってからうなずいて、笑顔になった。納得のいく味だったようだ。

「僕には、親方みたいに長年の勘はないから、とにかく記録をつけて、割合を計算してみたんだ」

 すっかり分厚くなった帳面を見せ、和菓子作りというより実験のようだと、信吉は眉を八の字に寄せる。

「目分量だとそのたびに変わるだろう? だから、升にはこまかく目盛りをつけたし、いろいろな大きさの匙を用意して、それで量るようにしてみたんだ」
「まるで薬師のようじゃな」

 あかねが何の気なしに言うと、信吉は目を見開いてびっくりしていた。

「あかねさんは、本当になんでもお見通しなんだな」

 信吉がぽつりとこぼしたので、あかねはパチパチと目を(しばたた)く。

「妾とて、千里眼など持ち合わせてはおらぬわ。言いたいことがあるなら、男らしゅう言うがよい。どれ、聞いてやろう」
「男らしくかぁ」

 それはどうかな、と苦笑して、信吉は昔話をはじめた。

「僕の家は何代も前から医者でね、子どものころから、僕も当然医者になるものと思われていたんだ。幸い、僕も勉強が嫌いじゃなかったしね。……でも、試験に落ちちゃって」

 頭をかいて信吉はいったん言葉を切り、ふうっと息を吐く。

「驚いたのは、受からなかったことを、僕自身があまり残念に思わなかったことなんだ」

 あかねも不思議に思った。稲荷への願い事の中でも、合格祈願はとても多いから。

「そんなだから、父はすごい剣幕で怒るし、母は泣いてばかりだし。兄たちは腫れ物に触るように僕に気を遣うしで、家にいてもなんとなく居心地が悪くなって――」