それからは、どんどん味が良くなっていった。
 どうやら、信吉はこつを掴みかけているようだ。

 いつものように鳥居に上って待っていたあかねの耳が、ぴくんと立った。信吉の下駄の音だ。
 やってきたら、飛び出して驚かしてやろう。
 あかねはくるんと飛び降りると、鳥居の柱に隠れた。
 ところが、徐々に近くなる音に、違う足音が重なっていることに気がつく。

「おや?」

 ふたつ分の足音は、そのまま社の前を通り過ぎてしまった。
 不審に思ったあかねが、柱の陰からひょいと顔を出す。
 すると、大きな風呂敷包みを抱えた信吉の背中は、松乃屋とは反対の方向へ向っていた。
 その半歩後ろを、小袖姿の娘が歩く。

「あれはたしか――」

 あかねはふたりの後ろ姿を見送った。

「ふん。今日の菓子はなしじゃな」

 手を後ろに組んで、足下の小石をポイッと蹴ると、それは石畳の上を転がり、参道脇の草むらへと消えてゆく。
 飛び上がって一回転したあかねは真っ白い狐の姿に戻り、本殿へと帰る。
 いつもの寝床にまあるくうずくまると、やがて小さな寝息をたてて眠ってしまった。



 翌朝。
 まだ日も昇らぬうちに、ガランと鈴の音が境内に響いて、あかねは目を覚ました。大きく伸びをしてから、外をうかがう。
 拝殿の前には娘がひとり、熱心に手を合わせていた。

『お稲荷さま、どうか願いを聞いてくださいませ』

 あかねがピンと立った耳を向けると、声には出していない娘の願い事が聞こえてくる。

「あれは松乃家の娘だったか。なんともまぁ、人間とは、かくもややこしくて面倒くさい生き物よのぅ」

 彼女の願いを聞いたあかねは、ふわぁとあくびをしながら思った。