「久世様は遣い手です。きっとお力になりましょう」

「それは頼もしい」

 伊勢と安芸津のやり取りを、重実は冷めた目で見つめた。

「田沢様と米問屋の不正の証拠は掴んでおる。だが田沢様に流れている賄賂だけでは弱いだろう。こういうことは、実際自分で米を買う者でなければわからぬ。そういった者には明白なのだが」

 沖津藩では今年の米の出来が悪く、この冬を越せない者が続出している。それというのも、米滋(こめしげ)という米問屋が、同心とつるんで米の買い占めを行っており、民に回らないのだという。

「もう少し状況がひっ迫してから、囲い込んだ米を相場の何倍もの値段で売り出すつもりだ」

 そうやって得た利益は、同心から流れ流れて田沢の懐に入る。問屋から田沢に行きつくまでには、与力や奉行といった、それなりの地位の者の手を渡る。特に奉行所までがそういったことに手を染めているのが厄介で、正攻法ではその時点でいくらでも握り潰せるのだ。

「相手の立場上、こっちもおいそれと手出しできないってわけか」

「訴えたところで、そこが悪の坩堝だからな。訴状をわざわざ敵の手に渡すようなものだ」

 悪事のあらましは、実際探索にあたっている者が書き残したものがある。それに合わせて、証人を立てる必要があるため、接待の場に踏み込んで、誰かを召し捕らえるつもりだという。

「とはいえ、単なる同心ではまだ弱い。もっと上の、与力を捕らえるつもりだ」

「いいのかよ。絶対的な権限を持ってる奴だろ」

 同心を束ねる長である与力を捕縛など、そうそうできるものではない。失敗すればどんな沙汰が下されるか。

「それよりも難問なのが、その辺りに飼われている鳥居だ」

「用心棒か」

 考えてみれば、与力がそのような者を飼っていること自体、何らやましいことがある証拠ではないか。重実が言うと、安芸津は口を歪めて笑った。