「姫様っ! よくぞご無事で」

 離れに入るなり、安芸津は崩れるように床に手をついた。よほど安心したらしい。

「まぁ安芸津様」

 艶姫が驚いた顔になり、すぐに笑みを浮かべる。

「伊勢、安芸津様が来てくれました」

「おおっ? おぬし、伊勢か。何とまぁ、思い切ったことを」

 視線を艶姫の横に滑らせた途端、安芸津は驚いた表情で伊勢を見た。若侍姿の伊勢が頭を下げる。

「鳥居に背を斬られました故、髪が長いと治療の邪魔にもなりますし」

「それにしたって……」

「何、髪などすぐに伸びますよ。それに今は、このほうが動きが自由で都合がいいのです」

 淡々と言う伊勢より、安芸津のほうが余程口惜しそうだ。

「それはともかく、状況はどうです? 田沢様失脚の証拠は掴めましたか?」

 自分のことより主家のこと、といった風に、伊勢は安芸津に膝を進める。並みの者より武士っぽい。ちら、と安芸津が、重実を見た。

「この方は大丈夫です。わたくしたちが無事でいられたのも、この方のお陰ですので」

 きっぱりと伊勢が言う。

「峠のことは聞いたが……」

 それでも安芸津は言い淀む。まだ信用しきれないのだろう。

「峠のこともそうですけど、その後斬られたわたくしを、わざわざ敵に見つからないよう変装させてここに運び、動けるようになるまで看病してくださったのもこの方です」

 伊勢の言葉に、うむ、とようやく安芸津は頷いた。そして改めて、重実に向き直る。

「拙者、沖津藩の安芸津 新兵衛と申す。此度は姫君をお守り頂き、誠にかたじけのぅござる」

「さっきも名乗ったが、おれぁ久世 重実っつー単なる浪人だ。伊勢を助けたのは、まぁ行きがかり上だし、気にすんな」

 胡坐をかいたまま、重実は軽く応じる。何となく重実の中には、助けたのは伊勢であって、姫ではないという思いがある。姫はただ伊勢についていただけ。