幸い藩主の意見に従う者が多く、無事に艶と家臣の息子との婚儀が整う、と思った矢先、艶の両替商が襲われたのだという。
 元々艶は藩主の子としてではなく、両替商の子として育った。藩主が手を付け身籠った芸者を、出入りの両替商に下げ渡したのだ。よくある話である。
 この後藩主に子ができれば、艶は何事もなく両替商の娘として一生を終えただろう。だが藩主には艶しか子ができなかった。
 何も知らない艶をいきなり呼び寄せるのは気が引けたが、実子には変わりない。いきなり家臣を藩主に据えるよりも、庶子であっても間違いなく藩主の子である者が継いだほうがいい。全くの他人である家臣だと、藩主になっても、どうしても前藩主の叔父には遠慮があり、強く言えないこともあろう。そうなると、いつまでたっても藩政は落ち着かない。

「あんたにとっては迷惑な話だな」

 いきなり藩主の娘だ、と言われ、いきなり結婚相手を決められる。そして挙句に命を狙われる羽目になるとは。

「でも相手は偶然知っている方でしたので」

 少し照れ臭そうに、艶が言う。
 藩お抱えの両替商は、城にも頻繁に出入りする。養父(艶は実父と思っていたが)である志摩の屋九兵衛は、よく艶を伴った。今思えば、父である藩主に目通りが叶えば、と思っていたのかもしれない。
 だがいくら藩の財政を支えているお抱え両替商であっても、一介の商人がおいそれと藩主に目通りなどできない。どこからか藩主が艶を見てくれていることを願う九兵衛に連れられ登城するうちに、艶は一人の子供と仲良くなった。それが勘定方の息子で、此度白羽の矢が立った、艶の相手である。

「ほぉ。そいつぁ不幸中の幸いだな」

 ぺろっと言ったことに、また狐が尻尾を振って重実を叩く。どうも重実の物言いは直球すぎるようだ。