どちらかというとレトロな喫茶店だったため、その木の温もりを残しつつ改装した。そのため、特にその扉に違和感を抱くことなく、惟子はそのままにしてあった。
順調に近所の人たちも新しいお店にも慣れてきてくれた頃、いきなり祖母が他界した。
本当に一瞬で、いつものようにコーヒーを入れているときに倒れると、そのまま帰らぬ人となった。
あんなに元気だった祖母がいきなりいなくなるなど、惟子にとって信じられない気持ちでいっぱいだった。
「惟子、大丈夫だから」
その言葉を残して。
それは、どう大丈夫なのか全く分からなかったが、祖母がそういうならと惟子はそう思うしかなかった。
というより、悲しみに浸る暇もなく、祖母の分も一人で店を切り盛りしなければならない。
そんな中、惟子は22歳の誕生日を迎えた。
とうに、昔の記憶など曖昧になっていて、あのあやかしとの約束が、22だったのか、23だったのかそれすらあやふやな惟子は、ぼんやりと海を見ていた。
毎年いつも誕生日は祖母と一緒だった。
(おばあちゃん、私22歳になっちゃったよ……)
誕生日に一人だからか、祖母のいない悲しみからか、惟子の瞳に涙がたまる。
「惟子」
そんな時後ろから聞こえた、ぞくりとするような低い声に、惟子は「誰!」と振り返った。
そこには見たこともない男と、数人の歌舞伎の黒子のような顔の見えない男たちが、惟子を呼んだ男の後ろに控えていた。
その周りに漂う只ならぬ雰囲気から、たちまち涙が止まり、惟子の背には冷たい汗が流れ落ちる。
(どう見ても普通じゃない……)
あの日以来、少なからずあやかしを見てきた惟子だったが、そんなものとは比べ物にならない、見かけがとか、そういうことではなく、その男たちが纏う空気が尋常じゃないほど禍々しいものだった。