その日以来、惟子の中でその記憶と共に、まわりにたまにこの世のものではないものが見えるようになった。

これは、花嫁になるための修行なのだろうか?
そんなバカなことを思いつつも、いつしかそんな世界が当たり前になってきたころ、祖母がある提案をした。

「惟子、私の喫茶店やってくれない?」

進学のために東京で一人暮らしをしていたが、やはり街中ではあまりにもたくさんの物が見えてしまい、祖母たちのもとへと帰ろうと思っていた矢先の話に、惟子は覚悟をきめた。

久し振りに改装の相談もかねて、惟子はこの街へと戻っていた。
海沿いにあるこの店は、昔から惟子も大好きな場所だった。
その雰囲気を残しつつも、大好きな料理も活かせるようにとカフェにすることに決めたところだ。

『惟子、そこの真ん中の扉は壊してはいけないよ』

『え?この真ん中の扉』
惟子が祖母の言葉に、扉の前で足を止めた。

(こんな場所に扉などあっただろうか?)

そうは思うも、あまりにも当たり前のように、周りのダークブラウンの壁と同化するようにある木の扉だった。

化粧室へと行く廊下の真ん中あたり、そう言えは解りやすいかもしれない。

『こんなところにあった?トイレはあっちよね?』
同じような扉で”化粧室”そう書かれた扉を指さしながら、惟子は祖母の顔見て首を傾げた。

『ああ、ずっとあるよ。気づかなかったのかい?』
祖母は使い終わったコーヒーカップをキュキュと音を立てて拭きながら、当たり前のように答えた。

『そう』
腑に落ちない気持ちもありつつ、惟子はその扉を開けようと手をかけた。

『ねえ、おばあちゃん、この扉開かないよ。鍵あるの?』
金属のノブの下には、この扉に不釣り合いなほど立派で頑丈な鍵穴があった。

『ああ、また今度渡すから』
その言葉に、惟子は『はーい』と適当に返事をして、そのまま気に留めることはなかった。