「飯だ」
さっきよりもさらに白く見えた顔には、やはりまったく表情は浮かんでいなかった。

「あらオムライスじゃないのね」
惟子は盆にのせられたおにぎりをチラリとみた。

「黙れ女。早死にしたいのか」
少しだけ乱れたその声に、惟子さらに言葉を続けた。

「死にたいわけないでしょう?」

「じゃあ黙るんだな」
もう感情を外に出すことはなく暁は、かたんと牢の下から盆を入れると惟子たちに背を向けた。

「ねえお絹、私ねここに来る前に風花っていう子と仲良くなったのよ。すごく大切な人を失ったって泣く女の子とね」


「そう」
どうして今その話をしたのかわからないだろうが、お絹も悲しそうな表情を浮かべると相槌を打った。

「早く食え」
それだけを言い残し暁は消えた。
そんな暁に大きなため息を付くと、気を取り直しておにぎりのお盆を持ってお絹の横に座った。

「あまりおいしそうではないわね」
ただの白い塊で海苔もないそのおにぎりを見て、惟子はため息を付いた。

「おいしくわないわよ。もちろん」
お絹は何回か食べているのだろう。そのおにぎりを手に取ることはなかった。

「食べないの?」
「食欲はないわ。あなたは食べる気分になれるの?」
お絹をよく見れば疲労の後か目の下にはクマが浮かび、泣いたのかもしれない、目元も腫れているようにみえた。

「食べないと何もならないわ。いくら辛い時でも食べなければ元気はでないのよ」
小さいころ不思議な子だの、両親がいないだの、いじめられた時祖母に言われた言葉だ。
〝食べることは生きること。辛いことがあっても幸せになれる”
その通りだと思って惟子は生きてきた。
どんな時でもおいしいものは元気をくれる。

「そうよ。これが美味しくないからいけないのよね」
小さく何度も頷く惟子を見て、お絹は少しだけ笑った。

「でも、ここには何もないのよ。水ぐらいしか」
この部屋には簡素な水浴びをする場所とトイレしかない。

少しだけそのおにぎりを食べて惟子は、自分の風呂敷の結び目を解く。
「味がないから美味しくないのよね。この風呂敷が一緒でよかったわ」

なぜか、一度寄り道をした我が家からさらにいくつか調味料や、食材をいれていた惟子はなかから梅干しをとりだした。

「おばあちゃん秘伝の梅干しよ。このすっぱさは元気になるんだから」
惟子はかろうじてまだ温かいご飯の中に梅干しを入れると、塩をふりもう一度優しく握った。

「海苔も持ってきたかしら……」
「ねえ? どうしてそんなにいろいろな物がそこから出てくるの?」

楽しそうにおにぎりを握る惟子に、お絹は呆れたような表情を浮かべた後、「ふふっ」と笑みをもらした。

「ほらお絹食べてみて。幾分かはましになったはずよ」
その笑顔をみて惟子はお絹におにぎりを手渡す。

「ああ、美味しいわ。とっても……」
そう言うとお絹の瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。

「どうしてこんなことしちゃったんだろ……。お父さんもサトリ兄様にも迷惑かけちゃった……」
「大丈夫よ。お父様もサトリさんもきっと許してくれるわ。まずは今の状況をどうにかしないとね」
惟子はギュッとお絹を抱きしめた。その腕の中でお絹は静かに頷いた。