「ねえ? 聞いているの? お絹!」
チラリと周りを見渡しても、自分以外に誰もいない事から、どうやらお絹と呼ばれたのは自分の事だと惟子は悟った。

「はい」
小さく返事をして、エプロンのポケットの顔隠しを握りしめた。

「早く買い物行ってきなさいよ? 料理長に怒られるわよ。それにしても出て行くのはやめたのね。賢い選択よ」

足元だけしか見えないが、同じような柄の着物を着た人だとわかる。
そして出て行くのはやめたとの言葉から、先ほどの部屋の主だと分かった。

「あの……何を買ってこれば?」
その言葉に、「はあ?」と啞然とした声が聞こえて、惟子は冷汗が流れる。

「なに? やっぱり調子悪いの? 仕方ないわね。一緒にいってやるわよ。用意してくるからちょっと待ってなさい」
意外と面倒見がよさそうなその女は、そう言うとどこかへと言ったようだった。

(危なかった……)

惟子は顔隠しを被ると、大きく安堵の息を吐き、先ほどの女が戻って来るのを待った。
惟子にとって、どのような状況かわからない今、別人と誤解されるのは好都合だった。
そして、どうやら買い物ということで、外にでられるのも嬉しかった。
てんもおらず、味方が誰かわからない。それでもジッとしていては隠世まで来た意味もない。

惟子はギュッと胸元にあるサトリからもらった石を握りしめた。