「黒蓮!!」

そこから現れたのは、またもや新しい男で、目は血走ったように真っ赤に光り、この男も一瞬で人間ではないことを悟った。

「早すぎだな……あの結界をとくとは……」
黒蓮と呼ばれたその男は、苦虫をつぶすように表情を歪ませると惟子の方に近づく。

「いや!」
そう叫んで目をつぶった惟子だったが、あたりがすさまじく光ったと思った時には、力強い腕の中で抱きしめられていた。

「覚李おまえ、まさか!」
黒蓮のかなり焦ったような声に、惟子は恐る恐る目を開けた。

「ああ、この娘はもう8年前から俺の物だ」
静かに、それでいて他を寄せ付けないないピリピリとしたオーラを放ちながら言ったその人を、ゆっくりと惟子は見上げた。

(あ……あの時の……)

「えらかったな。約束を守ってきちんと持っていたな」
サトリはそう言って、惟子の胸元に光るその石を長い爪で触れる。

「あ。えっと」
何も言葉が続かない惟子だったが、助けられたこと、そしてこのあやかしが、さきほどの黒蓮とまったく違うことだけは惟子にわかった。

「あきらめたわけじゃないからな」
それだけを言うと、バシっとすさまじい音がしてそれと同時に、サトリが腕で惟子をかばうように手を上げた。

呆然とその場に立ちすくむ惟子に、サトリがホッと息を吐いたのがわかった。
すでに、先ほどの赤く光る瞳は穏やかな色になり、長かった爪も元通りで、瞳以外は、人間となにも変わらない姿に見えた。

「あの時の約束をしたあやかし?」
とりとめなく言った惟子の言葉に、サトリは少し口元を上げた。

「ああ、あの時の契約だ」
約束という甘いものではなく、契約という有無を言わせない言葉に、惟子は言い淀む。

「さっきのは?」
黒蓮という名前も出したくなくて、惟子はチラリと扉に視線を送る。

「惟子は気にしなくていい。俺の嫁にさえなればお前には誰も手出しはさせない。だから、惟子。契約を」

契約

その言葉は惟子にとって、むしろ気を楽にした。
いつかは結婚して穏やかな家庭、そんなものはとうに小さいころから諦めていたし、永遠にそんなものと無縁と思っていたのだから、契約、仕事そんなふうに言われれば、「あやかしの嫁」も悪くないのかもしれない。

それに、毎回あんな人たちに狙われるのもごめんだし、この目の前のあやかしも得体は知れないが、2度も自分を助けてくれた。
それだけでも、さっきの奴らに捕らわれるよりましだろう。
そう惟子は思うと、真っすぐにサトリを見た。