「花嫁道具? そうなんですか?」

 土屋さんのお母さんの花嫁道具というと、何年前のものだろう? 少なくとも五〇年近く前? 

 私は真斗さんの手元にある真珠のネックレスを見つめた。室内灯の光はそれほど強くないが、それでもそのネックレスは艶やかな輝きを放っている。

「疲れると言って、あまり着物を好まない人でね。お祝い事のときは大抵洋服だったから、いつもそれをつけていた」

 土屋さんは懐かしそうに、昔話を語っている。私は土屋さんの話に耳を傾けながら、どうしても気になったことを聞いてみた。

「あの……、お母様のお名前は……?」
「名前? 路子だよ。少し前に、親父のところに行ってしまった」

 土屋さんは少し寂しそうに笑う。

 ああ、やっぱり。
 さっき見たのは、付喪神様であるミキちゃんとこのネックレスの持ち主だった路子さんとの思い出なのだ。

「迷ったんだけど、僕は独り身だからそれを譲る人もいなくてね。何十年も手入れもされずに箪笥の肥やしになって処分されるよりも、誰かに使ってもらった方が母も喜ぶかと思ったんだ。飯田さんのところに頼めば、間違いないと思ってね」
「そうだったんですね」

 私はそれ持っていた真斗さんを見つめた。真斗さんはネックレスを持ち上げ、もう一度留め具やエンブレム、粒の大きさを確認していた。ノギスで計った真珠の粒は八ミリだった。

「親父」

 真斗さんが立ち上がり、その真珠のネックレスを見せながら何かを告げる。恐らく、査定結果だろう。飯田店長がそれを手に取って眺めてから頷いたので、同じような見解だったようだ。

「花嫁道具ということは、エンブレムは後からつけてもらったんですか?」

 真斗さんがネックレスを元の箱に戻しながら、土屋さんを見上げる。

「よくわかったね。糸替えのときに、つけてもらったみたいだよ。偶然だけど、路子の『M』と同じだって、お気に入りだった」
「そうなんですね」

 真斗さんは柔らかく微笑む。
 ネックレスが入れられた箱を閉じる、パタンという小さな音がシンとした部屋に響いた。